日本国永住 |
あなたのそば
腰を引くたびに熱塊に内側から擦り上げられ、自分でも制御出来ない吐息混じりの声が漏れる。 体を揺らせばはだけた夜着がかろうじて腰に引っかかっている帯にまとわりつく。 とうに衣服としての役割など失せているそれが、繋がっている場所を隠しているおかげで羞恥心がいくらかは薄らぐような気がした。 もっとも、惑乱させて何も分からなくなってしまうよりは正気と愉悦の狭間で乱したい、という思惑がないわけではないのだろうが。 何もかも眼前にさらすようなこの体位に躊躇を覚えた自分の意見をあっさりと聞かない振りで、人間一人腹の上に乗せて堪えた風もない男を恨めしげに睨む。 もっとも、それには何ら効果はなく面白そうに赤い双眸が眇められただけだった。 「っん…ふ…」 声を噛み殺そうにも相手の体に両手をついて体勢を支えている状態だ。手を離せばその瞬間にも自らの重みでより深く、穿たれることになるだろう。 期待か恥じらいか、想像しただけで背筋が震える。 いい加減、自分だけの動きでは物足りないのも本当だ。自分にも反動がかえるのを承知で腹の奥に力を込め、腹の中に飲み込んだ熱塊を締め付ける。 「!!…お前なあ」 急な締め上げに焦る声がひどく愛おしい。見せつけるように自らの上唇を舌で舐める。 「降参する?」 挑発するように囁きたかったのだが、期待に上擦る声は自分でもはっきりと分かるほど隠しようがなく、快楽に溶けていく瞳だってきっとばれている。 「…上等だ」 腰を痕が残るんじゃないかと思うほどに荒く掴まれ、苦痛にも似た呻きが漏れる。 互いに追い上げられていくような、落ちていくような。奇妙な高揚感が胸をくすぐる。 不適に笑う黒鋼の瞳にも同じ熱を見止め、綻ぶように笑った。 ひやり、と肌にふれた空気に覚醒を促されファイは瞼を開けた。 日がまだ昇りきらない明け方の空気というのは独特の清涼さを漂わせる。隣に寝ていたはずの男はとうに寝床を抜け出したらしく、布団にもその温もりは残っていない。 適当に体に巻きつけただけだった寝間着を着付けなおし、からりと障子を開くとまだ柔らかな陽光が差し込む。 庭の一角、朝の鍛錬をする黒鋼の姿を見つける。 長刀を手に流れるような動作で繰り返されるのは剣技の型。殊更にゆっくりとしたその動きは武力へと通じるものであるのに、神にささげる奉納の舞のようでもある。軽々しく踏み込んではいけない張り詰めた空気は拒絶ではなく、ただ侵しがたいほどに尊いものがあるのだと知るだけだ。 何度も見知った光景なのに、ファイはいつも目を奪われる。 誰かを待つことがとても耐えがたかったはずなのに。 会話を交わすわけでもないこの時間が好きで、真剣な目つきで刀を振るう黒鋼の動き一つ一つを覚えようとするようにただ見つめている。 「起きたのか」 一通りの動きを終え、黒鋼が声をかける。 鍛えられた体がいつもの俊敏さで刀を鞘に納めた。昨晩の閨の気配などさっぱりと感じさせないその様子が、我ながら我侭だと思うのだがファイは少々気にいらない。 じと、と睨まれていることに気がついた黒鋼が何だ、と促す。 「んー、格好いいなって思ってた。 そうしてるととてもとても、人にのしかかって好き勝手に舐めたり噛んだり盛っちゃうようなやらしい男にはみえないよねー」 わざとはすっぱな口調で詰る。未だに立っていることが辛いほどの腰に残る鈍痛と太股の違和感のせめてもの意趣返しだった。 「お前も今みてえに涼しい顔してりゃ、自分から足広げて腰振ってねだるなんざ想像出来ねえよ」 「なっ…」 顔色一つ変えずに指摘されたのは紛れもなく昨晩の自分の恥態。 じわじわと引いていく汗と体温が妙に寂しく、体がそのまま褥に沈むのを拒んでは黒鋼に両手でしがみついた。わざと熱を煽るようにその逞しい首筋に歯を立てて強く弱く、噛み跡を残していく。 獣同士がじゃれ合うようにしながら、呼び起こしたいのは獣よりも浅ましい本能。 重ね合わせただけの唇で「もっと」と唆せば、躊躇いなく組み敷かれ乱される。 四肢の全てで感じる世界は隅から隅まで黒鋼だけで幸せに息が詰まりそうになった。 (昨日の自分の馬鹿ぁ) たしかに誘った覚えはあるが羞恥心がないわけではない。 思い出した光景の何もかもに打ちのめされてへなへなとうずくまるしかなかった。 「黒様のど助平」 どうにか搾り出した罵倒はどう聞いても可愛らしいだけで、黒鋼の口の端に僅かに笑みを浮かばせた。 ゆるされた熱
ぴちゃり、と濡れた音をたてて赤い舌がちらつく。 薄い色の唇から抜き差しされるのは赤黒い男の欲望。ファイの着衣は襟元を少々弛めたくらいで、帯も裾も乱されてはいない。 ただ、口中に黒鋼のいきり立ったものを咥えさせられ、口だけでは到底間に合わないそれに舌と手で愛撫を加えるのに夢中だ。 旅の途中、利害の一致で肉体の関係を幾度か持ったもののそれは至極淡々としたものだった。 同性同士のそれは吐き出すことが目的で、互いを高め合うには程遠い最小限の交わり。 吐き出された熱から遠ざかる感覚はひどく虚しく、今にして思えば惨めだったのかもしれない。 冷めた目で事後の処理を行っていた男の目が今は遠い過去のものであることを思い出して安堵する。 舐め上げているだけで下肢を割り開かれた記憶が蘇る。快楽に分類されるそれは当然理性といったものを通さず、直接ファイの身体の記憶を呼び起こし熱を煽っていった。 口淫を覚えたのはこの国を終の棲家と定めてから少し時を経た頃。丁度日々の仕種やこの行為に、義務や欲以外の情を覚えその発露に双方の間でぎこちなさが解けていった時期だったように思う。 旅の間の情交では手っ取り早くこちらの処理を済ませるために黒鋼に施されたことはあったが、自分からということは皆無だった。 雪が春の気配に溶け出す季節。それまでの何もかもの音を吸い込んでしまうような雪夜とは異なり、葉擦れがさわさわと夜の気配に混じりだしていく。浮き立つような空気にそわそわと落ちつかなげになるのは動物に限らない。否、結局は人も動物だということか。 とうに良いところを知り尽くした大きな手が体中を慰撫するのに身を捩り、一度その熱を解放させられた。 気だるげな快楽の余韻に酔い浸っても良かったのだが、それよりも目の前の男が衣も息も自分ほど乱した様子がないのが癪に障って、その紺色の寝間着の膝に肘をついて乗り上げる。 布越しに手で触れると勃ち上がる兆候を見せるそれに煽られて、舐めたい、と強請った時は黒鋼もさすがに予想していなかったようで、軽く目を見開いて驚いていた。 懸命に口を開け目一杯迎え入れても動きなどは当然拙く加減など出来なくて、喉の奥まで入れてしまったときにはあまりの苦しさにむせてしまった。 それでも滲んだ涙を拭って髪をくしゃりと撫でてくれる手が嬉しくて、やめようなどとはちっとも思わなかったけれど。 いつだったか行為の合間に黒鋼が言っていたのは、自分たち忍は性交でも相手に口淫を許すことはないのだいうこと。 「どこに間者が紛れ込んでるか分かったもんじゃねえからな。中には遊女や娼婦に化けて近づく女もいる。情報収集なんてのはまだ可愛い方で、中には真っ最中に男の首を掻き切るのが専門の奴もいるんだよ」 首どころか、と前置きしてファイの唇をすうっと撫でた。 「下手すりゃ『ここ』で食いちぎられたりな」 だからけして閨の中でも、仮初めの情人にも口での愛撫をまかせることはないのだという。 思わず「オレはいいの?」と尋ねてしまったファイに、床の中でしか見せない不敵な笑みを浮かべ「お前は、な」と答えた。 舌先で硬い裏筋を舐めあげ、くびれをくすぐるように舌を丸めてつつく。 痛みを感じさせないギリギリでやわやわと歯を立てると相手の腹筋がひくりと動くのが分かって愉快になる。 手と口で追い上げているものが硬さを増すのと比例して口の中に零される液が苦くなってきた。 「おい…」 逐情が近い黒鋼が離れろ、と額にかかる髪をかき上げて促すが、ファイは一端口から離したものの動こうとはしない。 唾液と先走りが顎まで伝うのを拭いもせず、濡れた唇でねだった。 「飲みたい」 ちょうだい、そう言って脈打つそれを躊躇いなく口に含む。今度は最初から舌をねっとりと絡ませ、追い上げていく。 「…ふっ……んぅ」 甘えたように鼻を鳴らして、くぐもった息遣いの合間に飲み込めなかった声が混じる。紛れもない情欲を色濃く滲ませるそれに煽られない男がいるだろうか。 互いに獣のような息遣いを零したあと、一際強く吸い上げるとぐっと後頭部を回された手に力が入り、口の中のものが体積を増した。 熱い精液が流し込まれる。はじけたようにどくり、と耳の奥で音が聞こえたような気にさえなった。 こくりと喉を鳴らして飲み込み、口の端から零れた白濁を指で拭っては舐める。 「苦ーい」 「だったらわざわざ飲むな。ンなもん」 「黒様だってオレの飲んじゃうでしょー」 軽口めいてもその息の熱さは隠しようがなく、瞳はとうに潤んでいる。 「ねえ…」 笑みを刷く唇も今は淫蕩な気配が色濃い。 「もっと飲ませて」 気ばかり急いて帯を解くのすらもどかしい。しゅるりと引き抜いた帯を投げ捨てるのを待たずに黒鋼の手が裾を割った。 幾度となく受け入れたその場所を、ただ撫でられるだけで期待に背筋が震える。 戦慄く唇から零れる吐息に気を良くした黒鋼の手の動きは無遠慮に更に奥へと進む。 ファイは黒鋼の頭を掻き抱いて与えられる快楽を追った。 抱き合うことを許された熱に爪を立てて。 |