拍手小話
 エイプリルフール@


「黒様先生なんか大嫌い」
にっこりと満面の笑顔。
いつもいつも冗談めかして「好きだ」と繰り返しながらじゃれついて、「ふざけるな」と怒られてしまうのだが。
本日4月1日、エイプリルフール。果たしていつもと真逆のことを言うファイに黒鋼がどう反応するのか。

ドキドキしながら答えを待つファイの顔を見遣った黒鋼が呆れたようにため息をつく。

「安心しろ、俺もだ」
卓上カレンダーでぱこり、とファイの頭を叩いてさっさと背中を向けて行ってしまった。




「……あれー?」


 エイプリルフールA


「今から先生が嘘をつきまーす。その中で本当のことを一つだけ言います。当ててみてねー」

授業で中途半端に持て余した時間に化学教師が他愛ない雑談を好んでするのは良くあることだった。
春休みの補習でもそれは変わらず、チョークで汚れた指を拭いながら生徒ににこやかに笑いかける。
授業終了のチャイムまで一番手っ取り早い時間つぶしで、何より生徒にとっては余分なプリントや課題を出されるより何倍もありがたい。
ファイの話は堅苦しい訓示とも説教ともかけ離れて、生徒達は兄のようなこの教師の話を聞くのが好きだった。
くすくすと生徒達の笑い声が漏れるがどこか温かい。

「実はオレ地球侵略をたくらむ宇宙人で前世は魔法使いだったんだー。でねー、ご先祖をさかのぼるとどこかの国の王族なんだよー。そうそう、昨日プロポーズしたらOKもらったんでお揃いの指輪買ってきちゃいましたー」
見て見てーと掲げた左手の薬指には確かに銀色に輝く指輪。
え、と生徒達に小さくざわめきが起こる。

「もう入籍も終ってまーす。だからオレの名字、今日から『諏倭』になりましたーvあ、でもね職場結婚だから名字が同じだとややこしいでしょう?だから学校では旧姓で通しますねぇ」
ほんのりと頬を薔薇色にそめた化学教師は文句なしに幸せそうなオーラを振りまいている。ついでに生徒の混乱の種も。

(先生、嘘ですよね、嘘だって言ってください…!!)
多数の生徒が脳裏で某体育教師に助けを求めた。「諏倭」という名前に関連するのは彼しかいない。
本当のことは一つだけ。どれが嘘でないのかは分からないが、いっそ前世が魔法使いでも正体が宇宙人でもいい。否、それが本当の方が精神衛生上マシなんじゃないだろうか。

だが、しかし。皆心の片隅ではああやっぱり、などと思っている節がなきにしもあらず。
だって後半全部嘘だろうと言い切るにはファイの振りまく空気は幸せに満ち満ちている。
答えあわせを聞くのが正直恐ろしい。恐ろしいが疑問を解消しないままというのも怖い。

(助けて黒鋼先生――!)
真相を知っているであろうもう一人の該当者へ向けた心の叫びは切実だった。

堀鐔学園。
化学教師の雑談は生徒の小さな楽しみの一つでもある。
時々聞くんじゃなかった、と思う地雷があるのが珠に瑕だが。


 エイプリルフールB




注意:ファイ女体設定



「黒たん、オレ赤ちゃん出来たみたい。今三ヶ月だって」
「そりゃ間違いなく俺の子じゃねえだろ」
「黒みゅー先生、エイプリルフールだよぉ。そんな冷静につっこまないでよー」

エイプリルフールのお約束
その1
ついてもいいのは罪のない嘘だけ。
その2
嘘をついていいのは午前中だけ。

「…ってお前言ってたよな」
「すごーい。よく覚えてたねえ」
いい子いい子と頭を撫でる同僚へ体育教師は噛み付いた。
「今のがどこが罪のない嘘だっ!!」
あはは、と軽やかに声をあげて笑う化学教師に悪びれる様子は全くない。
正午を知らせるチャイムが鳴る。
「もうお昼だねー」
昼食をとるために移動する生徒の声を聞きながらファイも持参した弁当をいそいそと取り出す。二人分の食事はかなり多い。
黒鋼はまだ色々と言いたいことはあったのだが、これから昼食を相伴に預かる立場としては今は一方的に強くも出られないでいた。
「午前中じゃなくなったねぇ」
「当たり前だろうが」



「三ヶ月じゃなくてまだ二ヶ月になったとこなんだ、赤ちゃん」

黒鋼の手から湯呑みが滑り落ちた。
身に覚えはありすぎた。


冬にはお父さんだよ、とファイが幸せそうに笑うから。気の利いた言葉一つ浮かばない自分を忌々しく思いながら目の前の体を抱きしめた。


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