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 春の味覚その一 堀鐔設定


「失敗しました」
小鉢に盛られたおかずを一口、噛んだ瞬間微妙な顔をしたであろう自分に化学教師が頭を下げた。
人参の彩りが目に美しいのはいたどりの炒め物。
春の山菜は砂糖と醤油で煮付けることが多いが、酸味を活かすためにそれ以外の調理法がないものかとファイはここ数日思案していたのを知っている。
「八宝菜にいれた時は酸味がいいアクセントになったんだけど今日のは…」
然もありなん、いたどりの酸味と胡麻油の風味が口の中で真正面から喧嘩していた。

「ごめんねー」
「別に食えねえわけじゃねえ」

料理が得意だからといって何から何まで完璧に出来るわけではないのだし、そもそも今回だって洋食の方が得意なファイが和食好きな黒鋼のためにレパートリーを増やそうと奮闘した結果だ。
白米と一緒に咀嚼する黒鋼を申し訳なさそうに見つめるファイだが、黒鋼の機嫌は悪くない。
料理の他なんでも小器用にこなす化学教師が自分の失敗にしょげ返る姿など他人に見せるわけはない。
おそらく生徒も同僚も、他の誰も知らないのだと思うと子どもじみた優越感が少し胸をくすぐった。

「次はおいしいの作るね」
からになった皿を見て嬉しそうに笑いながらファイがそう言った。


 春の味覚その二 日本国永住設定


「お帰りなさい」
袖が濡れないようにかけられていた襷を取りながらファイが炊事場からひょっこりと顔を出す。
するすると襷を絡め取る指先が茶色に染まっていた。
黒鋼の目線の問いかけに気づいたのかファイがひらひらと手を振ってみせる。
「つわぶきをね、お裾分けしてもらっちゃった。煮込んだの『きゃらぶき』って言うの?作ってみたよ」
この国の言葉が随分上達したものだと思う。まだ単語の間でつまったり、訥々としたりもするが日常の会話にはすっかり溶け込んでいる。

「黒さまー?」
「当分とれねえぞ、これ」
つわぶきの皮を剥いて汚れた指先を掴む。土の匂いがかすかにした。
「うん、蘇摩さんも言ってたー。水で洗っても二、三日はとれませんよって」
爪の間の細かいところまで茶色く染まった手を珍しげにしげしげと見つめる。

日本国に着てから、いつもファイは笑顔を絶やさない。旅の間の作った笑顔ではない。馴染みのない生活で惑うことも多かったろうに、と黒鋼は思う。
思うからこそ、今隣にいることが愛おしい。

「煮る以外に食べ方あるの?」
「干し肉と炒めたのは食ったことがある」
「じゃあ今度作ってみる」
ふふ、と笑ってファイが指を絡める。鈍色の義手の冷たさを躊躇うことはない。
「教えてね、いろんなこと」
もうすぐ夏が巡って、秋が来て、やがて雪の季節になる。
そのたびに一つ一つ、共有するものも増えていくのだろう。

二人で変っていくものと変らないもの。
さしあたっての近い未来は指先の色が元に戻っている頃も同じように互いの指は絡まっているはずだ。


 春の味覚その三 堀鐔ストーカー化学教師設定


わらびのレシピを探したんだけどその通りにするとなんでかしわしわで筋ばっかりになっちゃって美味しくなくてどうしたらいいんだろーって。
「で、なんでそれを聞く相手が俺の母親なんだ」
「前に職場の皆さんにって旅行のお土産もらった時にお礼状出したんだよ」
なんでそんなとこばっかり律儀に日本の習慣をわきまえているのか非常に謎だ。
「そうしたらお返事いただいてお母様とはそれからずっとお料理友達」
なんでよりにもよって一番の身内と付き纏われて迷惑している相手がすでにパイプを持っているのか。
「…どんな話してんだ」
頭が痛い。ついでに聞くのが恐ろしい。しかし聞かないわけにはいかない。

「好きな人には美味しい物食べさせてあげたいな、って」

「わらびの味付けのコツも教えていただいたんだよぉ。
煮付けるんじゃなくて先に煮汁だけ作っておいて、冷まして漬け込んでおいたら歯ごたえもちゃんと残るんだって」
ほんわりと頬を赤くして笑う化学教師は客観的に見れば可愛らしいのだが、実家への説明をどうすべきかという思案が脳内をフルスピードで駆け巡らせる体育教師には恐怖以外のなんでもなかった。
ついでにほんの数日前、化学教師お手製の夕食に出された山菜料理を食し、母親の味に似てるななんてぼんやりと思ったことも。


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