拍手小話 |
七夕話その一 堀鐔設定。ストーカー化学教師編。
『黒鋼先生と懇ろになりたい』 「この短冊を書いた馬鹿は今すぐ出て来い」 「わー、早速お願いが叶っちゃったー?」 その後、体育教官室で正座で説教される化学教師の姿があった。 七夕話その二 堀鐔設定
お祭り大好きな理事長の性格を反映してか、学園の年中行事は恐ろしく多い。 無論それに伴い監督をする立場の教師の負担も増えてくるわけだが。学期末の試験に響いたらどうする、と内心毒づきながらも、生徒たちの楽しそうな顔を見ると息抜き程度なら…と思わないでもない。 「黒ぴー先生ー、笹どこに置くのー?」 けして背が低いわけではない化学教師ですら持て余す特大サイズの笹を受け取り、中庭に面した廊下の柱にしっかりと括りつける。少々のことでは倒れてこないように固定された笹が風に揺らされて、さやさやと葉が歌う。 「お仕事かんりょーう」 ぱちぱちーと手だけでなく実際に声で拍手を表す化学教師の反応はあっさりと無視された。 「六月から出す意味あるのか、これ。新暦でも早すぎるだろう」 「侑子せんせーが『皆がじっくりお願い事考えられるように』だってー。早すぎるー?」 「うちの実家の七夕は旧暦でやってたからな」 「旧暦?じゃあ七月にはしないのー?」 「詳しく計算したらまた違うんだろうが…旧暦と新暦じゃ大体ひと月違うからな。七夕飾りなんかを用意すんのは月遅れの八月だった」 行事でも地域によって違うのだと言う黒鋼の説明に、へえ、とファイは感心したような声をこぼす。当たり前のように受け入れていた事柄の違う側面を知るのは純粋に知識欲として楽しい。 「黒様ー、旧暦ももう一回笹飾って短冊書こうよ」 「ああ?」 なんでそんな面倒なことを、と目で語る黒鋼にファイははにかむように笑った。 「え、と…あのね」 子ども騙しかもしれないけどねー、と前置きしたのはかなり照れているせいだろう。 「織姫を彦星が二回逢えるような気がするから」 一年に一回しか逢えないのは寂しいよね、と言ったファイがそっとジャージの裾を握るのを黒鋼は止めなかった。 七夕話その三 日本国永住設定
「ほしあい?」 「星の逢引だからな。別名で『星合』とも言う」 笹に飾られた短冊を不思議そうに撫でて、ファイはもう一度「星合」と口の中で転がした。 「綺麗だね」 桜の季節を終え、日本国で始めて迎える夏は目を圧倒する彩りでもってファイを包んだ。 一日中降りしきる雨と緑の匂いが過ぎ去り、晴れ間が覗くようになった空で今夜は星が一年に一度の逢瀬を果たすという。 見たことのない飾りが城や城下のあちこちで見受けられるようになり、説明をねだったファイに黒鋼が聞かせたのは天の川の対岸に引き裂かれた二つの星の噺だった。 己の責務を疎かにした罰とはいえ、愛しい相手と離れ離れにならなければいけない悲話は、なるほど万国共通で人の心に訴えかけるものらしい。 「笹とてるてるぼうずはいっしょにかざるの?」 町家で見かけた組み合わせがファイには至極不思議に見えたらしい。 「雨が降ったら天の川の水が溢れて川は渡れない。だから今夜は晴れるように、と照る照る坊主を一緒に吊るしてある家も多いな」 「天の川わたれないと会えない?」 「ああ、だから今日雨が降ると催涙雨なんて呼ばれる。涙を零させる雨、だな」 「じゃあ雨がふったら会えない?」 不安そうに黒鋼を窺うファイに、思わず噴出しかける。日常の会話に不便しないものの、まだ語彙が多いとは言えないファイは黒鋼に文句を言う代わりにわざと拗ねた顔をした。 ちょっと不機嫌そうな顔をすれば、面倒くさそうにしながらも黒鋼はこちらを放っておかない。 甘えることを少しずつ、ファイ自身が自分に許し始めている。それを見ているのは忍者にとっても吝かではない。 「天の川が渡れなくなったら…か」 「…」 「あんまり二人が悲しむから、二人を引き離した天の帝もさすがに哀れに思ったんだろうな。雨が降って渡れない天の川にはかささぎが飛んできて、二人が会えるように橋になってやるんだと」 「そっかぁ」 世を越えて、時を越えて、人の心を惹きつける話ならば、結末は幸せな方が良いに決まっている。 星たちが離れ離れになったままでないことに安堵しながら、ファイは黒鋼の肩に頭を持たせかけた。 きっとこの人なら、年に一度の逢瀬と言われても一度掴んだ自分の手を離すことはないのだろうな、と思いながら。 七夕話その四 堀鐔設定
七夕伝説と羽衣伝説がくっついてるヴァージョンもあるんだねー。 最近季節の行事の由来や説話を調べるのに熱中していた化学教師が面白そうに言う。 地上で水浴びをしていた天女の羽衣を隠した男が天女を娶るが、やがて隠していた羽衣を見つけた天女は天へと帰っていく。 羽衣伝説、と聞いた黒鋼もそう間を置かずにあらすじを思い出せるくらいメジャーなおとぎ話だ。ファイの言うところによれば羽衣伝説に類似、類型の話は世界各地に残っているらしく南米あたりにも同じような話が残っているらしい。 何故伝聞調なのかというと、聴きもしないのにファイが黒鋼に話して聞かせるからなのだが、下手に遮ったり無視すると後から無いこと無いこと吹聴される恐れがある。 故に適当な相槌を打つ体育教師だが、学習意欲旺盛な化学教師は相槌がどんなに適当でも反応があるので気にならないらしい。 図書館で借りた分厚い民話事典を読み進めながら黒鋼の背中にもたれかかっている。 「でもその場で初めて見た相手と結婚しようだなんて何考えてるんだろうねー。羽衣を盗んででも奥さんにしたいくらい美人だったのかな」 「まあ、天女だっつーから美人だったんじゃないか?」 「うん、でもねこの場合彦星も手緩いと思わない?窃盗までやらかしてゲットした奥さんなのに、あっさり見つかるようなところに羽衣隠して挙句に逃げられちゃうなんてー」 「おとぎ話にケチつけんな」 「何言ってるの!?本当に相手を物にしようと思ったら羽衣を燃やすなり売り払うなりして、証拠物件を完全に隠滅しなきゃ」 「鬼かお前は」 力いっぱい主張する化学教師の発言に、夏なのにうっすらと寒さを感じる体育教師だった。 堀鐔学園化学教師。 見初めた相手を確実にモノにするためには手段を選ばないらしい。 七夕話その五 日本国永住設定
七夕の由来を聞いたその日の夜。魔術師がぽつりとこぼした。 「一年会えないのはつらいね」 蚊帳の中に敷いた夏蒲団。 暑いのが駄目なくせに一人で眠るのを嫌がるファイは、今日も黒鋼の寝間着に顔を伏せて床についている。 夕方の続きか、と思い至った黒鋼はファイに好きなように話させる。 布団に入り眠りつくまでの間、他愛ないことを話すのをファイが好きなのを知っていたから。 「お仕事しなかった罰は仕方ないけど、会えるのが一年に一回はさびしいよ」 天帝の罰が厳しすぎるとこどものように頑是無いことを言うのが可愛らしい。 艶めいた空気とは程遠く、柔らかな髪をゆるゆると梳いてその感触を楽しんだ。 「本当は七日に一度しか会っちゃいけねえ、て話だったんだ。それを伝令の白いカラスだかカササギだかが間違えて、会えるのは七月七日だけって教えちまったんだと」 「何それ」 とんだとばっちりだと、ファイの顔が曇る。 「お前がしょげることじゃねえだろ」 「…うん」 「その罪滅ぼしで雨の夜はカササギが橋になるんだと。自分の失敗が原因だから、頭踏んづけられても文句言えねえんだろ」 それでも顰められたままの眉に黒鋼は苦笑する。 笹飾りもおとぎ話も、何もかも些細なことだ。 その些細なことをまるで幼子にでも言って聞かせるように、一つ一つ彼に教えている自分がおかしい。 それがちっとも面倒だとも思えないことも。 どれだけ絆されているんだか、と胸中で嘯いてわしゃわしゃと強く金色の髪をかき混ぜる。 なにするのー、と抗議の声が上がった相手の顔を上向かせた。 何時しか時々見せるようになったその無防備な顔が気に入っていた。曇らせた表情など見たいわけではない。 「一年も会えないと暇だからその間に策略練って、いつか二人で駆け落ちするかも知れねえな」 だからいつの間にか星が減ってても文句言うなよ、と。それこそ子ども騙しだろうと自分でも思ったのだけれど。 きょとんと見開いた瞳はやがて、そうだね、と嬉しそうに笑った。 七夕話その六 現代設定
「黒様、知ってるー?実は彦星ってとんでもないぐーたらで、無理矢理奥さんにされた織姫が子どもふたり残して家を出て行っちゃったって説」 「夢も希望もないな」 「おまけに、逃げる織姫を彦星も追いかけるんだけど、織姫は機織の道具を投げつけて彦星の妨害するんだよー」 「そこまで嫌がっててよく結婚生活が続いたな」 「子ども二人もいたって、努力なしじゃ結婚生活は破綻しちゃうもんなんだよぉ」 「…何が言いたいんだお前」 「黒様は働き者で、そこにはオレはぜーんぜん不満はないんだけど…もうちょっと構ってよ」 |