堀鍔学園 |
堀鐔学園は今日も平和です。
「黒たん、黒むー、黒ぴょんせんせー!」 「やかましい!」 廊下を走るな!と続けて怒鳴る黒鋼の真正面に一向にスピードを落とす気配のないファイが飛び込んでくる。 微塵も体勢をぐらつかせることなく化学教師を受け止めた黒鋼は、そのまま猫でも扱うように襟首を後ろから掴みファイを引き剥がした。 いくら細身であっても片腕だけでいいように扱われれば男としてのプライドが傷つきそうなものだが、ファイは構ってもらえる方が嬉しい。 あのねー、と体育教師の不機嫌などさらりと流してしまう。 「仲良しだね、黒鋼先生とファイ先生」 ひまわりがにこにこと、じゃれ合う教師達を見つめる。廊下は向かいの校舎の窓からも大変見通しが良い。 同性を抱きとめ慣れるのは果たして如何なものかと思ったが。四月一日はそれを口にしないのが一番懸命な方法だと経験則で分かっていた。 薬品臭か食品臭かの違い。
「黒鋼先生」 「…弟と入れ替わって遊ぶな」 「黒様せんせー」 「今度は弟の方か」 「黒鋼先生」 「おう」 「黒むー」 「お前そのふざけた呼び方大概にしろよ」 「どうしていつも黒わんにはバレちゃうんだろうねぇ」 「薬品の匂いしてる方が兄で食い物の匂いのが弟だろうが」 「…」 薬品臭か食品臭かの違い。 愛のちからとか言って欲しかった化学教師。 無題
「でもユゥイ、良かったのー?」 「何が?」 「お店辞めちゃって。オレはまた一緒にいられて嬉しいけど」 「大丈夫だよ、ファイが気にしなくても」 「そう?引き止められたりしなかった?」 「ちょっとはね。でも…」 「『でも』?」 「お店の持ち主が代わっちゃって、新しいオーナーに言い寄られて困ってたからちょうど良かったよ」 「は?兄貴を止めろ?…下半身の軽いイタリア男を殲滅しに行く? こんな夜中に何やってんだお前ら。 第一もう飛行機出てねえだろうが。 …あー、分かったもういい。そのまま兄貴押さえてろ、今から行く」 うさぎ
「ねえねえ、黒みー」 「…」 「お返事してよぅ。うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ」 「アホか。ありゃ構ってもらうためのフェイクだ。 ってか誰がうさぎだ、誰が」 「黒様つまんないー。 うさぎさんのように繊細で可愛いオレが死にそうに寂しい思いをしててもいいんだー。 えーん、黒たんの鬼うさぎぃ」 「誰が鬼うさぎだっ! だいたい年中発情期で雌がいなけりゃ雄同士で交尾出来る生き物のどこが繊細で可愛い」 「…むしろそんな生々しさがオレたちにすごく似合いの気がして可愛いよりも愛しくなってきちゃった感じ?」 オレとしてはそろそろベッドの中で仲良くしたいんですけど、いかがでしょう黒兎さん? 猫のお気に入り
確かにかけたはずの鍵が何故か開錠されていた。 不本意かつ不用心だがこの職員宿舎に入るまでのセキュリティを考えれば差し当たり犯罪の可能性は少ないだろう。 目下のところ問題は空き巣よりも厄介な不法侵入者だ。 苛立たしげに舌打ちをする。眉間の皺はいつもより三割増しだ。 中にいる人間にそれと分かるように、わざと乱暴な音をたてて扉を開けた。 「あ、黒りんおかえりなさいー。今日はね、鮭とエリンギのドリアだってー」 「何でお前が俺の部屋に居座ってんだよ!」 不法侵入者は我が物顔でこたつを陣取っていた。 空腹を自覚させるようないい匂いが漂っている。 「黒鋼先生おかえりなさい。お疲れさまです」 「…またお前もか」 不法侵入者その2。侵入者その1とまったく同じ顔の彼はキッチンから出来上がったばかりの夕飯を運ぼうとしていた。 食器を取り出す手すら何故かやけに手慣れているような気がするのは、彼が元は本職の料理人だったという理由ではなく、慣れてしまうほどこの部屋のキッチンを使用しただけである。 基本的に備え付けは一緒とはいえ、他人の生活空間として配されたものが使いやすいとはお世辞にも言い難い。が、おそらく部屋の本来の住人よりも使い勝手は熟知している。 無論、彼ら二人ともそれぞれ部屋は別に割り当てられているのだが。 そう、それは昨年。年の瀬のある夜。学期は修了したとはいえ、補講に部活の監督に(ついでに理事長主催クリスマス会・忘年会という名の飲み会)とかえってやることが多いのではないかというスケジュールを課せられた黒鋼は重い体を引きずって家路についた。 鍛えてあるとはいえ疲労の蓄積は別物とみえて、珍しくやる気がわかないでいる。 常ならば施錠の出来ていない自室を看過するはずもないのだが、それすら気にも留めないまま疲れた体で扉をくぐった。 「おかえりなさーい、黒様」 「ああ?」 あの日も不法侵入者(当時初犯)たちは当たり前のようにこたつに入って出迎えの言葉を黒鋼にかけた。 ちなみに「残業続きでお疲れの黒ぴーのために今日は出張料理人さんのサービスでーす」と用意された鍋は文句なしに旨かった。 今冷静に思えば、あの時きちんと叩き出しておけば良かったのだ。 かいがいしく黒鋼の面倒をみたがるファイや「和食のダシは初めてだったんですけど…」というユゥイにほだされたりしてはいけなかった。 あの時の疲弊した頭と空腹だった身体が心底恨めしい。 そういえばどうやって自分の部屋に入ったのかと問い詰める頃には、二人ともすっかり他人の部屋に馴染みまくっていたのだから。 ついでに 「一人暮らしでお仕事も大変な黒様に美味しいご飯食べさせてあげたいんですー」 の一言でマスターキーを貸出す理事長も理事長だった。 宿舎は一人暮らしには充分なスペースの住居が与えられているとはいえ、男三人が動き回るには狭い。 「出てけ」 「えー、だって一人でご飯食べるよりも皆で食べた方が美味しいよー」 「弟と食え」 「黒むーが一人ぼっちになっちゃうよぉ」 「俺は一人でも構わねえ」「……」 「……」 「お、おこた片付けるまでは…」 「自分で買えよっ!」 いい年してすっかり甘えっ子将軍に成り下がったファイの首ねっこを掴み、視線だけでその弟に持って帰れと告げる。 が、どうやら自身もこたつがお気に入りらしいユゥイはあっさりと、無理、と首を横に振った。 「だって黒鋼先生の言うことも聞かないのにオレがどうこう出来るわけないですよ」 それよりも早くご飯食べないと冷めちゃいますよ? にっこりと、効果音まで聞こえてきそうな全開の笑顔でユゥイが答える。 元シェフお手製の夕食は確かに魅力だった。 それを分かって兄を野放しにしているあたり弟も大概いい性格をしている。 こたつがすっかり気に入った猫二匹。やがて春めいた陽気が近づく季節になっても、縄張りを移す気にはならなかったらしい。 …お前馬鹿だろ
「黒みー先生、大好きー愛してるよーv」 「どうしてお前はンな嘘っぱちばっかり滑らかに言えるんだ」 「違うよぉ」 「女の子にね『可愛いね』っていつも言ってあげると本当に可愛くなるんだよ」 「だから毎日『好き』って言ってたら黒様もオレのこと好きになってくれないかなあって」 「…お前馬鹿だろ」 『二人』の定義
「…ファイ、前から聞きたかったんだけど」 「なあにー?」 「ご飯多くない?」 「…やっぱり?」 二人分の夕食はあまり量を食べないはずの兄が作る時には何故か持て余し気味になる。 「二人分って言われるとつい黒たんが食べるくらい作っちゃうんだよー。 ゴメンね、余った分は冷凍しよっか?」 兄の『二人』の定義にはいつの間にか他の人がいる。きっとまだ気が付いていないのだろうけれど。 ユゥイが何より驚いたのは兄の変化ではなくて、寂しさよりも胸がくすぐったくなるような幸せな気分になる自分に、かもしれない。 「じゃあ何か作り足そうか」 きょとんと目を見開く兄に携帯を指差す。 「黒鋼先生も呼びなよ。三人で食べよう」 三人ならちょっと少ないからね、という声が聞こえていたのかどうか。 短縮で呼び出した相手はさして間を置かず電話に出たようだ。 弾んだ声と電話から微かに漏れ聞こえるはずの低い声を想像しながら、何が手っ取り早く出来るだろうと冷蔵庫を覗き込んだ。 略さずに言うと「コスチュームプレイ」
「黒様ー見て見てー! じゃーん、学生服のオレでーす!」 「…どっから借りたか知んねえが、ちゃんと持ち主に返しとけよ」 「違いまーす。これはオレの。 部屋の片付けしてたら出てきたんだよぅ」 「お前自分が幾つだと思ってんだ」 「外見年齢二十歳v」 「(頭痛え)」 「あれ〜?黒ぴー、オレのこと見てムラムラしないの? 教師と生徒、密室でイケナイ授業って感じで」 「するわけねえだろっ!」 「…スカートの方が良かった?」 「違えよッ!」 堀鐔学園新任教師ユゥイ
堀鐔学園新任教師ユゥイ。 担当はイタリアンのシェフという前職を買われて調理実習。 双子の兄はかなり規格外な性格。 兄についてユゥイ曰く、ふらふらしてそうに見えて意外と強情。 まあ、本人が幸せでいるなら恋人が同性だとかは些細な問題。 「強いて相手の難をあげるならば特に文句つけるところがないのが逆に大変憎らしいです」 「…お前らが双子だってのが良く分かった」 |