堀鍔学園 |
諺
『袖すり合うも』 「多少の縁」 「違ぇーよ」 「? 違うの?袖と袖が触れ合うくらいちょっとした関係だと思ってた」 「“多少”じゃなくて“他生”の縁なんだよ。 袖がかするくらいしか関わりのない相手でも、前世だとか今生きてる世界とは違う世界で何かしら繋がりがあって、今生でそれが袖が触れるっつー縁になったってことだ」 「凄ぉい。黒りん頭良さそうに聞こえるよー」 「殴るぞ!」 「ねえねえ」 「なんだよ!」 「じゃあオレ達もどこかで一緒にいるのかなあ。 生まれ変わったり、別の世界でも黒様と一緒ならいいなぁ」 「…」 「ねー」 屍々累々
その奇人変人振りを知らないせいか、もの柔らかな容姿に騙されるのか、それとも何かフェロモンでも出ているのか。 化学教師は見知らぬ人間から求愛されることが大変多い。 基本老若男女問わないが、諦めの悪い大多数が男。 大抵は今付き合っている人がいると言っても引き下がらないし諦めない。 それならば、と死刑宣告と同義の条件を繰り出したって罰は当たらないだろうとファイは考えた。 「オレの彼氏を倒せたらお付き合いを考えてもいいです。 あと身内に祝福されないのは辛いので弟に挨拶を兼ねて許可をもらって下さい。 職場での評判も大事なので上司と同僚に顔合わせしてください。 その上で人柄に問題なしと判断されたら喜んで交際申し込みを受け付けます」 これ以上はない笑顔で告げられたその条件。 第一の関門すら乗り越えた者はいない。 ついでに「受け付ける」とは言ったが「受け入れる」とは言ってない。 梅雨入り
梅雨入りだ…、と呟く本人が梅雨前線をしょっていそうなどんより加減で四月一日は呟いた。 鬱陶しい季節の到来だ。 「あれー?四月一日君は雨嫌いなのー?」 「そりゃたまには降らないと困るだろうけど、梅雨ですよ!? 雨が毎日毎日降って、たまの休みだってのに布団も干せないし、洗濯物もかわかないし、気をつけとかないと食べ物にすぐカビが生えるし!」 いちいち悩みが所帯くさい。 「ファイ先生は梅雨が嫌いじゃないんですか?」 「うーん、たしかに困ることも多いけど…。 お休みの日にずーっとお布団でいちゃいちゃしても怒られないから、オレは好きだよー」 「…そーですか」 大人の階段
新入生にとって、強面の体育教師は少々苦手な存在らしい。理由として「なんか怖い」という意見を聞いた化学教師は大笑いした。 「そんなことないよー。黒ぽん先生優しいよー」 あれでいて案外面倒見いいし、困ってる人を放っておけないし、と告げるファイの目がいつになく柔らかなのに生徒はどきりとする。 「初めてのえっちの時もオレが痛がったら抱き締めて頭なでてくれてねー、馴染むまで待っててくれたし」 化学教師の発言に生徒は固まった。 今、聞こえたのは幻聴だと言い聞かせる前にうっとりとした瞳の化学教師にとどめを刺される。 「寝るときも腕枕してくれるし、優しいんだよー」 こうして生徒は一歩、大人の階段を昇る。 具材
苦労性の体育教師と天然ストーカーな化学教師がお付き合いを始めました。 「一回手をつけたもんは最後まで自分が責任とらなきゃいけねえだろうが」 「ねえ、オレは闇鍋の具材なの?」 魔法使い
「お前今度は何を始める気だ」 「恋愛成就のための障害は完全に取り除いておかないとね」 女生徒数人が「ちょっと怖いけど、黒鋼先生かっこいいよね」と話していたのを、偶然耳にした化学教師。 彼の手に持つ本のタイトルは 【ドキドキ実践黒魔術☆今日からアナタも魔法使い】 「大丈夫だってー。効くわけないでしょー。気持ちの問題だよぅ」 「俺の第六感がそれを否定してるんだが」 深遠の淵
「黒るー、愛してるよーv」 「アホかぁっ!!!」 「今日もまた熱烈な愛の告白だったわねえ」 思春期の生徒を指導する教育者としてその格好は如何なものかと、突っ込みたくなる露出の多い服を纏いながらも、下品な厭らしさを一切匂わせない美貌の理事長・壱原侑子は熱い緑茶に優雅に口をつける。 体育教官室に当然のような顔をして居座っているが、無論彼女は体育担当ではないし、この部屋での仕事があるわけではない。 それなのに金髪碧眼の化学教師ともども、体育教官室に出没する確率が高いのは、ひとえに強面の体育教師の淹れるお茶が美味だという意外な事実による。 例によって本日も居座る理事長に渋々給仕をしながらも、ジャージ姿の体育教師の眉間から皺が消えることはない。 生徒の行き交う休み時間の廊下。化学教師に大声で愛を叫ばれた挙句に、上司からは「お熱いのねえ」といらぬ野次までもらっては、当然だ。 「面白がってる場合かよ。 上司ならあのネジのゆるんだ馬鹿に言って聞かせろ。場をわきまえない冗談を大声でわめくんじゃねえって」 「違うでしょう?」 「ああ?」 「貴方が困ってるのはファイ先生の『愛してる』が本当だから」 一体誰が呼び出したのものか。魔女、というのが彼女の徒名。事実瞳は笑みを形作っているのに、気おされるような空気が逃げることすら許さない。 「俺がすぐに頭に血がのぼるのが面白いから、俺をからかうためのあいつのいつもの冗談だろ」 「ええ、そうね」 あっさりと肯定する侑子に黒鋼の方が驚く。もっと揶揄いのネタとして引きずるかと思っていたのだが。 「『愛してる』の言葉は冗談かもしれない」 でも、と赤い唇がにこりと笑みの形に歪められる。 「そこに込められた心は本当。だからこそ困っているんでしょう、黒鋼先生?」 貴方はもうとっくに分かっているでしょう? 魔女の心の奥底まで見透かす瞳の色に、黒鋼から否定の言葉は出なかった。けして認めたくはないのに。 そう思うことが既に認めてしまっているのだということに、この時はまだ気づきはしなかった。 恋を忘れた猫ひとり
「避妊手術とか去勢手術された動物はさ、その後に好きな相手に出会っちゃったらどうするんだろうねー」恋の季節を迎えた猫たちの求愛の声を聞きながら、ファイは脈絡のないことを喋り出す。 足腰の立たなくなるまでアルコールを摂取した体は、黒鋼の背の上でゆらゆらと揺れていた。 心地よい振動にファイの意識も、ふわふわとあてど無い感覚の渦に飲み込まれそうになっていく。 「好きになってもどうしようもない相手でもやっぱり好きになっちゃうのかなあ」 「黙れ、酔っ払いが。舌噛むぞ」 温かな背中が優しくて愛しくて、そんな些細なことに泣きたくなる衝動をきっと黒鋼は知らない。 だからファイの胸は温かくて、苦しい。 「あのね〜、黒様。好きだよー。 …嘘じゃないから」 「…」 「…お願いだから、冗談だよーって笑える間は好きでいてもいいかなぁ」 精一杯の決意を、ファイは滲む視界と意識の限界でそう伝える。 それだけ伝えて、後は意識に忍び込んだ睡魔に全てを譲り渡した。 だからこそファイは知らない。 苦々しげな黒鋼の言葉など。 「最初から諦めてんじゃねえよ」 ご機嫌
「オレはただ、黒ぴっぴ先生の胸に飛び込んで行きたかっただけなんだよー」 さすがに二階から飛び降りるのはやり過ぎです。四月一日はそんなツッコミを飲み込んだ。 ちなみに体育教師にがっつり怒られたはずの化学教師は、奇跡か日頃の鍛練の賜か、体育教師がちゃんと受け止めてくれたことに大層ご機嫌だった。 枕余話
「ねえ、黒様はオレなんかとこーゆー関係になっちゃって後悔してない?」 「…今がどういう状況か分かってモノ言ってんのか、てめえ」 「お布団の中で裸」 「次同じこと聞きやがったら殴るぞ」 化学の先生の主張
「古来より、初夜に臨む新妻を『天井の染みを数えてる間に終わるから』となだめる旦那様の常套句があります。 だがオレは言いたい」 そこにはいつになく真剣な目をした化学教師がいた。 「あんなの痛くて数えられるわけないし! 仮に数えられたって絶対終わってないよ!」 「ホームルームでなんつーことほざいてやがんだっ!」 「どうせ黒様は挿れる側だからわかんないんだよ!」 体育教師に止められるまで化学教師の演説は続いた。 |