堀鍔学園
 外堀


「そうなんですー。卵は上手く巻けるようになったんですけど、時間がたつとだしがしみ出てべちゃべちゃになっちゃうんです…。
葛粉?いえ使ったことないです。…へー、葛粉入れるとだしがしみ出なくなるんですかぁ。
ありがとうございます、さっそくやってみますねー。
あははー、ふわふわのオムレツならちょっとは得意なんですけど。
え、いいですよぉ。じゃあ今度教えますねぇ」

「おい、携帯かけんなら自分の部屋戻れ…」
「ええ、はい。今ここにいますよー。かわりましょうか?
ねえ、黒様ー」
「ああ?」
「電話かわってー。黒たんのお母様からだよー」

「なんでお前が俺の実家の番号知ってんだよっ!?」



外堀から埋める一例。


 春の味覚その一 堀鐔設定


「失敗しました」
小鉢に盛られたおかずを一口、噛んだ瞬間微妙な顔をしたであろう自分に化学教師が頭を下げた。
人参の彩りが目に美しいのはいたどりの炒め物。
春の山菜は砂糖と醤油で煮付けることが多いが、酸味を活かすためにそれ以外の調理法がないものかとファイはここ数日思案していたのを知っている。
「八宝菜にいれた時は酸味がいいアクセントになったんだけど今日のは…」
然もありなん、いたどりの酸味と胡麻油の風味が口の中で真正面から喧嘩していた。

「ごめんねー」
「別に食えねえわけじゃねえ」

料理が得意だからといって何から何まで完璧に出来るわけではないのだし、そもそも今回だって洋食の方が得意なファイが和食好きな黒鋼のためにレパートリーを増やそうと奮闘した結果だ。
白米と一緒に咀嚼する黒鋼を申し訳なさそうに見つめるファイだが、黒鋼の機嫌は悪くない。
料理の他なんでも小器用にこなす化学教師が自分の失敗にしょげ返る姿など他人に見せるわけはない。
おそらく生徒も同僚も、他の誰も知らないのだと思うと子どもじみた優越感が少し胸をくすぐった。

「次はおいしいの作るね」
からになった皿を見て嬉しそうに笑いながらファイがそう言った。


 貧乏籤担当四月一日君尋


暗黙の了解、という日本語がある。
それは堀鐔学園においてもいくつか実例として周知されており、安易に、あるいは不用意に踏み込んでしまった場合は『自己責任』に他ならない。


四月一日は身を持って知った。


放課後、廊下に顔を真っ赤にして涙目で蹲る化学教師にうっかり声をかけてしまった彼は、


「黒様、声エロ過ぎる…」


知りたくもない教師間の色恋事情とノロケを聞かされるはめになった。


堀鐔学園、暗黙の了解。
色ボケた化学教師に関わるな。


 ストッパー不在の場合の不憫担当


「早く週末になあれ〜」
「まだ水曜日ですよ。
やっぱり先生達もお休みがこいしいですか」

「恋しいのはお休みよりも黒様かも〜。どうも欲求不満気味でさぁ」

「先生、言っときますけどここ学校ですからね!」
「もう体育教官室押し掛けてシちゃおっかなー」
「ファイ先生!?」


 噛み合わない二人


「は〜い、黒りん先生。オレのこと食べてーv」

「白衣を脱ぐな!!なんでその下が裸なんだ!?服着ろ!」

「え、黒様は着たままヤる派?」


 恋のQ&A


Q.質問です。恋人のどこがすきですか?

某F先生の回答
「んーと、体?」



某K先生の回答
「んなもん無えよ」


 恋のQ&A・F先生解説編


Q.何故恋人の「体」が好きなのか理由を説明して下さい。

「黒様は絶対嘘をつかないし、すごく真っ直ぐでしょお。
そういう性格や心が全部あの体の中にあるんだって思ったら、大好きでどうしようもないんだよー」


 恋のQ&A・K先生解説編


Q.恋人なのに好きなところがないんですか?

「空気や水を好きかどうかなんか意識しねえだろ」


 ままならない


へにゃりとした性格とは裏腹に、容姿秀麗、頭脳明晰。
本人が望んだかどうかは別として、そんな形容を欲しいままにする化学教師だった。

人当たりの良さも相まって人間関係も悪くない。


「そんだけ揃ってりゃ充分人生楽しいだろうが。
いちいち俺に構うな」

「ううんー。
好きな人に『好き』って言ってもらうのがこんなに難しいなんて思わなかった」


 雨雨、ふれふれ


「あら?雨宿り?今日は大雨だって昨日から天気予報は出てたのに」
雨の降りしきる帰り道、既に「CLOSE」の札がかかった店の僅かに道にせりだした軒先で佇んでいたのは良く知る人物だった。
夏の気配が感じられるとはいえ、これだけ雨が降っているせいで肌が感じる空気は冷たい。

「あー、お疲れ様です。侑子先生こそ雨なのに歩きですかぁ?」
「雨には雨の風情よ。
傘は雨避けのためだけじゃないのよ。雨音を楽しむための道具でもあるの。
ファイ先生こそ傘は?」
「オレは傘を忘れたふりで古式ゆかしく、偶然を装って帰り道で待とうかと〜」
「まあ、なんとも古典的な待ち伏せねえ」
馬に蹴られる前に退散するわね。そう言ってひらひらと手をふり踵を返す。

教員宿舎に帰る道ならば他にもルートはあるはずなのに。
薄い唇が少し紫色になるほどの肌寒さに耐えているファイが待つのを半ば予想しながら、それでも無視出来ずに大きな傘を持ってやってくるのであろう男の姿が容易に想像できた。
何時ものように憮然とした顔で。結局は放っておけずに。

成人男性二人揃って何とも可愛らしいものだとそっと笑った。


 本人的には手抜き


「ごめんね〜疲れてて今日のお弁当は手抜きなんだぁ…」
「疲れてんなら無理すんじゃねえ。学食もあんだろうが」
「うんー、でもオレが食べて欲しかったし」
「…食うか」


「今日は豚肉と野菜の味噌漬けを焼いてご飯に乗っけたのと、たらこ入りの玉子焼きにほうれん草の白あえなんだー」
「…(手抜きかそれ?)」


 肴


「黒ぽん、今日はおつまみ何食べたい〜?」
「鯵のタタキ」

「ユゥイ〜!黒むーが虐めるよぅ!」
「まだ生魚食べられないの?」


 鼻血


「吐血なら格好いいか、華奢なイメージあるのにねぇ。
鼻血ってとっても間抜けじゃない?」
「最近気温高かったからのぼせたんだろ」


「鼻血って詰め物して止めるんじゃないのー?」
「粘膜の裂傷が広がる。余計にひどくなるぞ」
「首の後ろトントンは?」
「血を止めなきゃいけない時に血行促進させてどうする。
仰向けになって血管通ってるところを押さえるか冷やすかしてろ」



「そっかー。それで黒様先生が膝枕してくれてるんだー」
「止まったんなら退け」
「もうちょっとだけ〜」


 そうめん


「暑いので今日のお昼はおそうめんです」

「…なんで麺が全部赤なんだ」





「繋がれオレと黒りーの赤い糸」

「お前ウザイ」





「そんなこと言う人には鮎の塩焼出してあげません」


 どっちもどっち


ある日の体育教師と調理講師の口喧嘩。


「大体お前が甘やかすからつけ上がるんだろうが」
「昔ならともかく今は違います。
それにここに来てからは黒鋼先生の方が甘やかしてました。確実に!」



詳細は分からずとも、おそらくはどっちもどっちだろう、と生徒達は心の中でそっと突っ込んだ。


 ぎゅう


「オレ満員電車今まで苦手だったんだけどー、黒様といる時は平気」

「盾扱いかよ」

「違うよぅ。
引っ付いてても変に思われないし、黒ぽんも怒んないでしょお?」


  戻る