堀鐔学園
 誤解しようもない


「うう…気持ち悪い〜」
「だれるな」


「吐きそう…。
…。
……もしかして悪阻?」
「二日酔い以外の何物でもねえよ」


 三十路でも萌ゆる


円満の秘訣。

「愛情表現を惜しまないことかなあ?」
「相手の年齢を言及しない」
「……。
黒様先生、後でちょっとお話し合いしましょー」


 魂胆


「黒みー先生。肝だめしやろうよぉ。
侑子先生企画の学園内肝だめし」
「またろくでもないこと企んでやがるんじゃねえだろうな」
「そんなこと無いよー。怖がった振りで抱きついたりしたいなーって思っただけで」


 第二丑の日


白焼きをたれにつけると上質な脂がさっと中に散った。 ふっくら焼きあがった身は口の中でほろりと崩れ、あっさりとした口当たりと濃厚な旨みを矛盾させることなく味わえる。 漆塗りの重箱に盛られた蒲焼きはたれを焼いた香ばしい匂いを漂わせ、つややかな白米と相まって蓋を開けただけで食欲をそそられた。 挽いたばかりの山椒との相性は抜群だろう。 肝すいの強くも弱くもない出汁も丁度良い塩梅に鼻孔を刺激する。 土用の丑の日としては、これ以上ない組み合わせだった。 「緊急の仕事じゃなかったのかよ」 「緊急でしょ。今日だから意味があるんだもの。 人間は食べるのも大事な仕事。食文化の再認識も次世代への継承のための大事なお仕事よ」 「今日も丑の日なんですかー?」 「幸いなことに今年は二回あるのよ」 さー、食べましょう。 理事長御用達高級鰻店。 土用丑の日でなくとも美食の追求を怠らない彼女が夏の特別ボーナスとでもいうように奢ってくれた鰻は確かに旨かった。 舌鼓を打ちながら、この後に押し付けられるであろう無理難題を今は脳内から追い払う。


 なんつーか下ネタ


「ひつまぶしは美味しいと思うんですよー。
でも丼やお重にどどーんと乗っかってるのは苦手でー」
「あら、贅沢な気がしない?」

「そうなんですけど。ウナギの頭ってグロテスクじゃないですか〜。
最初に口に入れるのに抵抗があるっていうか…」


「あの程度のグロテスクなものならベッドで散々見慣れてるでしょ」

「もー、侑子先生ったらセクハラ〜」




お前ら二人がセクハラだ。
体育教師が口に出して突っ込んだかどうかは、定かではない。


 下ネタの続き


「それに黒様のはこんな細くないですもん〜」



瞬間、鈍い音と共に化学教師の頭が卓上に沈められた。



理事長はあえて止めもせず、汁椀を片手にそれを見ていた。


 日本人


「こういう美味しいもの食べてると『日本人で良かったなあ』って思うよねー」

「お前日本人じゃねえだろ」

「そのうち黒様と結婚して帰化して日本国籍を取得するもん」


 艶姿


「見てー、黒むー先生。
侑子先生に浴衣の着付け教わったんだよー。
似合う?似合う?」
「…」
「ありゃー?黒様ったら〜」
「…似合ってなくはねえ…」


濃藍色の生地に薄い紫から白のグラデーションの大輪の菊が咲き乱れる浴衣はどう見ても女物だったが。


 帯回しは日本人のロマン


「お祭り楽しかったねー。
でも帯がちょっと苦しくなっちゃったかなあ」
「…ってなんで俺についてくるんだ。自分の部屋に帰れ」

「黒るんったらつれない〜。
だって侑子先生に言われたんだものー。
『帯は黒鋼先生に解いてもらいなさい』って」
「真にうけるな、頬を染めるな、近付くな」


 黒いアレ


「オレ、黒様がいないと生きていけない…!」

「ゴキブリが出たくらいで人を呼びつけといて、言いたいことはそれだけか?」


 似たもの同士Q&A


Q.世界一好きな人は誰?



「ユゥイ」

「人間関係に順位つけられるわけねえだろ」


 Q&A・続き


Q.ちなみに恋人は何番目に好きな人?


「選外。
だって一番とか二番なんて数字付けの出来ない人だしねー」

「好き嫌いだけでくくれる範疇じゃねえよ(不本意ながら)」


 今日のご飯


「黒たん先生が今日出張から帰ってくるんだけどねー、晩御飯何作ったげようかと思ってー。
お腹減らしてるだろうからお肉かなあ。牛肉のXO醤炒めとかー、おろしポン酢でさっぱりしたステーキも良いよね。
でも夏バテ防止と鉄分補給に豚肉もいいかもー。柚子胡椒を隠し味にしてシンプルに焼くとかー、にんにく醤油に漬け込んで焙り焼きもいいかもー。
でも、お野菜足りない気がするから若鷄と夏野菜のキッシュなんかも心ひかれちゃうよねぇ」


「先生、運動部の生徒の部活中に食べ物の話は拷問です」


 ストッパーの重要性についての再認識


「あら、ファイ先生。
通販雑誌なんか熱心にチェックして、どうしたの?」


「Lサイズのゴムを探してます」



「薬局だと種類は豊富でもあまりサイズまで充実させてくれるところは少ないものね」

宿舎最寄りの店に入荷させちゃう?そう宣った理事長を心底敬愛の眼差しで見つめた化学教師は、真剣に希望を述べた。

「出来たら直径38ミリじゃなくて40ミリでお願いします」




生憎と体育教師は不在だったので、「職員室でそんな会話してんじゃねえ」と突っ込んでくれる人間は存在しなかった。


 隠しても無駄


「ファイ先生。どうして黒鋼先生は体育が水泳なのにTシャツにジャージ姿なのかしら」

「え〜とですね…昨日ちょっと盛り上がりすぎましてー」
「キスマークや爪痕ばっちりで泳ぐわけにはいかないわねえ」

「いえ…肩に噛みついた痕が残っちゃってぇー」
「お盛んね。まあ一週間も禁欲生活続けてたら当然かしら」
「…」

なんで禁欲日数まで知ってるんですか、と怖くて聞けなかった。


 一番の謎


好き好き大好き。
そう言って付き纏う化学教師に一言。

「大体なんで俺なんだ」
「うん、オレもそれが一番疑問」


 何を今更


「オレは黒様先生に関係することならいくらだって心が狭くなります」
「弟絡みなら宣言無しで狭量じゃねえか」


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