パラレル
 論外(現代パラレル)


「必要なのは確たる社会的地位と経済力とちょっとの愛情でいいと思うんだ」

「何の話だ」

「現実的に理想な結婚相手の条件」

「…ああそうかよ」

「でも黒むーが相手ならそんな順番とか理想とかどーでもよくなっちゃうあたりでオレの主張が破綻してるから口惜しいんですけどー」


 きみのそばに (主従パラレル)


広い屋敷が今はどこもかしこもひどく騒がしい。
普段なら行儀良く歩みを進めるはずの廊下を、ファイはバタバタと耳障りな音が響くのも構わず駆けていた。しかし今は誰も咎めはしない。
入室の許しも得ず、慌ただしく飛込んだ室内だけがひんやりと空気を異にしていた。

二つ並んだ黒い棺の前で背筋を伸ばして座した少年がファイを振り返る。それがひどくゆっくりしたものに感じられた。
「若様…」
「お前も最後の別れをしてやってくれ」
かすれた声がどうにか紡いだのは彼の名前で一つきりでそれ以上喋るのが怖くて堪らない。


主夫妻の訃報を知らされた時に、何よりも先に頭に浮かんだのは一人遺される彼らの息子のこと。
主夫妻が心から慈しんでいた一粒種。父親に瓜二つの彼の成長を屋敷の皆が楽しみにしていた。
そしてファイにとっては彼ら家族こそが幸福の体言であり、宝物のような穏やかな日々は、けして奪われてはならないものだった。




ファイがそれまでの世界の全てだった家族を亡くしたのも予期せぬ事故だった。一瞬のうちに庇護者である両親と、自分の半分だとさえ思っていた双子の弟を奪われて、寄る辺のない身はただ呆然とする以外になかった。
初めて喪失として実感したのは、夜。誰の息遣いも聞こえない冷たい寝具の中で。独りなのだと理解したあとは堰を切ったように涙が溢れた。

そんな境遇を哀れんだのか、事故に関わっていた誰かが手を回してくれたらしく、詳しい経緯は分からないにせよこの屋敷に引き取られた。
『うちには息子がいるの。貴方よりもまだ小さいんだけど、仲良くしてくれると嬉しいわ』
孤児として生きる他ない寸前で伸ばされた手は、金持ちの気まぐれや篤志家の慈善行為などという言葉ではくくれないほど温かくファイを包み込んだ。

使用人、と名はついていても主人の人柄か、屋敷そのものが大所帯の家族のようなものだった。幼い子どもが他にいない屋敷の中では主の息子の友人として過ごし、躾として分け隔てなく怒られることもあった。
大らかな主と優しいその妻と。二人のかけがえのない宝物とを支えて生きていくのだと誰に誓うともなしに決めていた。



「あまり嘆いてばかりいるな」
まだ15にも満たない少年を皆が心配したが、一番気丈だったのは少年本人だった。
嘆き、うろたえる屋敷の者に淡々と告げる。
「二人とも本当に仲睦まじかったから…せめて、最期まで愛する者と離れることがなかったのが救いだった。
どちらか一人取り残されてしまったら…きっと俺以上に辛い思いをした」
ぎゅっと膝の上で白くなるほどにきつく拳を握り締める黒鋼を冷たい物言いだとは誰も言えない。
火の番をすると告げた黒鋼に、皆休むように勧めたけれど「最後の親子の時間を過ごしたい」と言われては、それを駄目だとは誰も口にできなかった。
涙一つこぼさぬ少年がどれ程の嘆きを味わっているか、推し量ることは出来ても誰もそれを代わってやれはし
ない。



蝋燭に灯された火がゆらりと揺れる。
「お前も休めといったろう」
「だってオレのお仕事は若様のお世話だもの」
出来るだけ静かに襖を開けたつもりだったが、他に音のない夜の闇にそれはことさらに響いた。
運んできた番茶からは湯気が立ち、少しだけ強張った体をほぐしてくれる気がした。
数口、それを嚥下しながら黒鋼がぽつりぽつりと語りだす。
「葬儀がすんで落ち着いたら、皆の身の振り方の目処も立つだろう。
この家の管理や給金なんかは親父が生きてる間に出来ることはしてあるみたいだし、俺が成人するまでは本家の当主がきちんと取り計らってくれるようになってる。
お前も今から考えておけ。やりたいことや行きたいところがあるなら出来る限り希望に添うようにする」
少年は両親亡き後の自分の責任を心得ているからこそ、悲しみに浸るだけのことも許されず次のことにまで考えを馳せなければいけない。
けれど、やはりそれを悲しいと思うのだ。まして、そんな相手を放り出していけると思っているのか。
「覚えてるかなぁ、オレがお屋敷に来た日」

奥方に優しく促されて門をくぐったあの時、両親に「お帰りなさい!」と弾むように駆け寄って来た小さな子ども。
一旦父親に飛び付いたものの、ファイに気付くと金の髪を珍しがってすぐに傍らに寄って来る。
ファイが天涯孤独の身だと知ると、回りきらない両の腕で抱きしめた。子どもの抱擁は温かかった。
「これからはオレが傍にいるから淋しくないぞ」
自分の胸元までの背丈しかない幼子が一所懸命に慰めようとするのに、どうしようもなく涙が零れて、小さい手が慌ててぽろぽろと零れるそれを拭った。

「オレはあの時、きっと泣きながら嬉しかったんだ。
旦那様や奥様に言われたからじゃなくて、オレは自分で君の傍にいるって決めたんだよ。
オレのことを心配して『傍にいる』って慰めてくれようとした君に出来ることがあるならそれがしたいって」
手を伸ばして頭を引き寄せれば、不意をついたおかげで易々と肩口にそれをのせることに成功する。
「おい」とくぐもった抗議の声が上がったが、自分の髪とは手触りの違う短い黒髪を撫でて、もう片方の腕を黒鋼の背に回した。
「あのね」
囁くように告げる。
「オレは君のためにずっと傍にいるんだから。
辛いことや悲しいことを隠しちゃダメだよ」
ぎゅっと黒鋼が体を硬くしたのが伝わる。

「そばにいるから」

嗚咽は聞こえなかった。
ただ、顔を伏せさせた肩がじわじわと熱く濡れていく。

出会った時胸元までしかなかった背丈はいつの間にかファイと同じ視界を持つくらいに伸びた。肩幅も段々大人の男性のそれへと近づいている。
きっとこれからもどんどん大きくなっていく。いつかファイの手を必要としなくなる日が来るかもしれない。
けれど、その日までは。泣ける場所に、笑える場所に。


 (ダブルパロ「プラネット・ラダー」)


「ねえ?
オレ可哀想じゃない、黒様野蛮なんだものー」

「言っておくが相手が野蛮で可哀想なのは俺だ。
こいつこの間、俺がちょっと女官を見ていたからといって花瓶で殴ったぞ」


 幸不幸(現代パラレル)


「オレは別に黒たんが幸せでも不幸でも、どっちでもいいんだよね」

「…ああそうかよ」

「だって幸せなら嬉しいし、不幸ならオレが慰めるから問題ないもん」


 喧嘩中(現代パラレル/大学生)


「一回や二回寝たからってオレの男ヅラしないでよ」

「ああ、そうかよ。こっちこそテメエなんざ願い下げだ。
じゃあな」

「…何処行くの」

「有栖川に飲みに誘われてんだよ。
っつーか聞く必要無えだろ」


「大却下。その飲み会空ちゃん主催の合コンだもん」

「…」
「却下」


 テレビの時間 (現代パラレル)


「オレ、いつの間にか格闘技観る時間が多くなってるや」
「そうだったか?」
「うん。黒様と一緒の時間が増えてからだよー」
「そうか」


 けなしあい (現代パラレル)


「なんでこんなデリカシーない男を好きになっちゃったんだろー?」
「そっくり返してやる」


 初恋? (園児黒鋼×保育士ファイ)


「いっつもそうやってヘラヘラ笑って本当のことを言わないのが嫌いだ」

誰に言われる間でもなく、人と一線引いて生きてきたのは、それを望んだのはファイ自身だ。
だが、それを指摘されて嬉しいか否かは別問題で。
手厳しい指摘にファイは心底困ってしまった。

「嘘はついてないよー。だってオレはちゃんと皆おんなじくらい好きだものー」
「皆同じに好きなんて誰も好きじゃないのといっしょだ。
特別が一つもないのなんて本当の好きじゃない」

幼等部保育士ファイ先生といえば、父兄にも園児にも頗る評判のよろしい、人気No.1の先生なのだが。
何がお気に召さなかったのか、今春卒園する諏倭さん宅の一人っ子だけはやたらとファイになついてくれない。

(……可愛くない)
「可愛くないって思ったろ」
「…」
園児に容赦なく突っ込まれて思わず押し黙る。

「お前本当にしょーがないな」
幼児らしからぬ呆れた声色がファイの耳を揺らした。
「それじゃ友達も恋人も絶対出来ないだろ」
「…」
「安心しろよ。売れ残ってたら俺が貰ってやるから」
「…はい?」




12年後。改めてプロポーズした元園児に一目惚れ(二目惚れ?)してしまった保育士が一人。


 七夕話その六 現代設定


「黒様、知ってるー?実は彦星ってとんでもないぐーたらで、無理矢理奥さんにされた織姫が子どもふたり残して家を出て行っちゃったって説」
「夢も希望もないな」
「おまけに、逃げる織姫を彦星も追いかけるんだけど、織姫は機織の道具を投げつけて彦星の妨害するんだよー」
「そこまで嫌がっててよく結婚生活が続いたな」
「子ども二人もいたって、努力なしじゃ結婚生活は破綻しちゃうもんなんだよぉ」
「…何が言いたいんだお前」
「黒様は働き者で、そこにはオレはぜーんぜん不満はないんだけど…もうちょっと構ってよ」


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