堕ちてゆく七題
 01. 出会いは曖昧


「旅を続ける妨げとなるものはすべて排除しろ」


次元の向こうの男にそう言われてから、何度も何度も思い描く見知らぬ誰かの姿。
目的を、祈りを、違えないための殺意と覚悟を練り上げてきたはずの自分。
ずっと心の片隅を占める存在。
いずれ旅立つその過程で、自らの望みの前に穿たれる楔となるに違いない、彼という存在。

雨の降りしきる灰色の世界で。
半身を求めて、思い続けた年月と、見交わす目線が重なる。


君が俺と出会ったのは何時だろう。
たとえ彼がこれから先、知ることがなくとも。
二人を取り巻く運命と世界、全てがこの邂逅を知っていたのだとしたら。


  02. それなのに、鮮烈


最初の世界は。黒い空と灰色の壁。それさえも覆うように降り積もる白。
飛び散った、

赤。


次の世界は。抱きしめてくれた人の温もりと、束の間向けられた笑顔。
その何もかもを。
遮った、

赤。


血の色はいつだって何もかもを奪っていって、自分に禍々しい別れしか告げない。



それからいくつか世界を渡り、優しい色と温度に触れて。
溢れるほどの優しい景色の中で自分が真っ先に探してしまうのが、黒い色彩を纏う彼の紅い瞳だというのはどんな皮肉だろう。


  03. ほんの少しだけ、変わる


ただの乱暴者だろうかと思っていたのだが。
意外と女慣れしているのではないかと気がつく。
色恋という意味ではなく、そもそも女性という存在に対し、遠慮がない。

ぐらり、と傾いだ少女の体。その頭の落下点を予測して大きな掌が差し出されている。無造作だが乱暴ではない手つきは、少女の眠りを遮ることなくそのまま細い体を持ち上げていた。
とりあえず女の子相手に荷物持ちは如何なものかと。否、先にいくらちょっと年が若すぎるとは言え仮にも異性に触れるのに恥じらいや気遣いがなさ過ぎでは、と言ったほうがいいのか。
自分は女性の扱いというのはもっと丁重にすべきではないだろうかと思うし、旅の同行者である少年はといえば紳士的だが実に初々しい反応をする。
が、彼はたとえ目の前に美女がいたとしても、興味よりも先に警戒と検分が働く。目が物騒に輝くのが強敵と対峙した時だけだという根っからの戦闘専門職。
そのくせ、大剣を振るう腕は少女を傷つけることはない。当初は我関せず、と傍観を決め込んでいた少年を突き放しきってしまうことはけしてない。
無骨な指が律儀に食器を片付けるのを見たときは、予想外のあまり自分はきょとんとしていたと思う。(何アホ面さらしてんだ、と言われたことは忘れていない)

あまりに自分とは違いすぎる彼には意外なことが多すぎて、次はどんな反応をするのかと楽しみにしている。
そのアンバランスさが妙に可笑しくて、反面、しっくりくるなあ、とも思えてしまう。
(一体どんな環境で育ってきたんだろうね)
ふふ、と唇が緩む。
「甘い」と散々文句を言った口が綺麗に平らげた皿。そのふちを布巾できゅっと擦った。


  04. 自己防衛本能


「黒たーんv」
「てめえ!ふざけた呼び方してんじゃねえっ!!」
抱きついて可愛らしく呼んでみたら怒られた。
ついでに容赦なく頭を叩かれた。
戦闘専門の人間と術者の体の造りが根本から違うということを知っているのかと聞いてみたい。
知ったうえでの実力行使、という可能性もあるのだが。



よく恐れ気も遠慮なく触れてくるものだと思う。
彼は強いから。



本当はいつだって怖かった。
触れた肌は温かくて、温かくて。

いつか「これ」を失う時が、それを自らが選択する時がくることが怖かった。


だから悟られないように幾重にも幾重にも嘘を重ねて冗談めかして触れたのに。
彼は一切の遠慮もなく触れてくるから。

この温もりを手放せるだろうか。
きちんと、殺せるだろうか。



もし、そうでないなら――


  05. 瞬きの刹那に


いつの間に、なんて愚かな問いかけだ。
彼が思った以上に敏いことは分かっていたのだから。


「そう思えるお前も変わったんだろ」

いつものように軽口を返せればよかった。
返さなければいけなかった。


きらきらと光が咲く世界からただ一人取り残される。
一人ぼっちのまま、世界から遠ざかる自分に早く戻らなければと切に願った。


  06. 予感、予兆、ほぼ確信


手を。
伸ばしてはいけない。

きっと本当は触れ合うはずもなかったのだから。

許される存在ではないのだから。

造りかえられていく内側。
血の熱さに灼かれる体は意思を裏切って彼の体に爪を立てる。


罪は。
生きながらえたことではなく、何度も思い知りながら近づくのを許した心。


  07. 何処までも堕ちてゆく


夢ならば良かったのに。
今までのことが全て夢で、自分はまだ灰色の世界で白い牢獄に囚われているままならば。

ごとり、と鈍い音を立てて打ち捨てられた腕を意識だけで追いかけながら、鮮血の翼を見つめ続けていた。


  堕ちてゆく七題capriccio
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