幼稚園
 所有物主張


某学園幼等部。
本日も幼子の笑い声が溢れている。

「皆、お片づけは上手に出来たかなー?」
面倒見がよく、料理上手な四月一日先生の問いかけに園児たちはいっせいにはーい、と手を挙げて答える。
「じゃあ、お片づけが終った人は自分の持ち物に名前を書こうね」

折りしも夏休みに入る直前。
小さなてのひらが毎日ふれる鞄やお道具箱は、それぞれの親が書いてくれたであろう名前がとうに判別できないほどに薄くなっている。
マジックで自分の持ち物に自分で名前を書く、というのは幼いながらに自尊心が少し擽られるらしい。
先生の言葉に各々がマジックで自分の名前を書いていく。時々歪んだり、のたくるのはご愛嬌だ。

思い思いに教室に座って作業を進める園児の中に、ふわふわの黄色い頭が二つ、並んで座っている。
日に透けて輝く金色の髪と空を溶かしたような蒼い瞳まで揃いの双子は同年代の子どもよりも少しばかりお利口さんで、既にお道具箱も鞄もちゃんと名前を書き終わっている。
他の子どもたちの作業を待つ対の姿が頭を寄せて内緒話をしているのは可愛らしい。
が、やがて互いの耳元に唇を寄せて頷きあった双子はマジックを持って、微笑ましく見守る保育士の前を走り抜けた。

「どうしたの?」
と呼びかける声に同じタイミングで振り返り、
「まだお名前書いてないのあったのー」
「二人でお名前書くのー」
ねー、と声を揃えて頭を傾ける。
そうなんだ偉いね、と四月一日は笑ってその背中に声をかけた。






五分後。



「あのね、お友達は『物』じゃないから自分の名前は書けないんだよ」
ファイとユゥイにそう言って聞かせる四月一日の前で二人は「嫌」と言うように首を横に振る。
後ろでは諏倭さんちの一人息子が右手と左手、それぞれ油性マジックで書かれた二人の名前に、どうしようかと途方にくれていた。


 将来の展望


「先生あのねーお耳かして?」
「あのね〜、オレたち大きくなったら黒たんと結婚したいのー」
「黒たん『いいよ』って言ってくれるかなあ?」
「かなあ?」



双子を傷つけずに、どうやって「無理」ということを理解させようかと、四月一日は頭を抱えた。


 双子の結論


「あのね、黒たん。せんせーに教えてもらったの。
黒たんのお嫁さんは一人しかなれないんだって」
「だからファイとユゥイ頑張って考えたの」


「お嫁さんにはユゥイがなってあげるの」
「それでね、ファイが奥さんなんだよ」

ねー、と自分たちなりの解決策を見い出し喜ぶ双子の満面の笑みに、黒鋼は心底困っていた。

助けを求めるべき保育士もなんだか遠い目をしていた。


 解決策?


「無理じゃないもん!」
「黒たんの意地悪!」
先ほどまで可愛らしく「結婚して?」と首を傾げて黒鋼に迫っていた双子ちゃんの大声が砂場に響いた。

どうやら「三人とか男同士は結婚出来ない」と断られたのがショックのようで、目には涙がたまっている。

あまりの剣幕に黒鋼も手を焼いているらしく、そろそろなだめた方がいいだろうと四月一日が砂場に向かいかけた時、双子が泣きそうな声で尋ねた。

「じゃあ女の子になったら結婚してくれる?」
「法律変えたら黒たんとファイとユゥイで結婚できるよ?」

「…」

固まってしまった黒鋼に、四月一日はそれはそれは深く、同情した。


 奥様の条件


「先生お願い、おしえてー」
「おしえてくださいー」

ふわふわの金髪頭を揺らして、双子が四月一日のエプロンに取りすがった。
くるん、とした大きな目が四月一日を見上げている。

「どうしたの?」
屈んで目線の高さを同じにすると双子の真剣な眼差しにぶつかる。
…。

嫌な予感がした。

「あのね」



「「床上手ってどうしたらなれるの?」」

誰だ、この二人にンなこと吹き込んだのは。


いいお嫁さんは床上手なんだってー、と無邪気に笑う双子を前に。四月一日は変なことを教えたどこかの誰かに、盛大に文句を言ってやりたかった。


 日々精進


「ええか。大事なのは技術やない。ハートや」
「「は〜い」」



「…」

さっきまで四月一日先生に「子どもになんつーこと吹き込んでるんですか!」と怒られていた有栖川先生が、双子に真剣な面持ちで語っているのを発見した黒鋼は、迷わずもと来た廊下をUターンした。


多分その嫌な予感は当たっている。


 ある意味正しい選択


夕方、お迎えにやって来た保護者の列に「おかあさん〜」と叫びながら飛び込んだ双子は、そのままひし、と抱きついて泣き出してしまった。
ひっくと喉を鳴らしてポロポロと涙を流す双子の姿は見ている方が胸が痛くなる。

「黒たんがねっ…!結婚してくんないってっ…」
「ファイとユゥイのこと嫌いだからお嫁さんも奥さんもダメだって言うのかなぁ…」

訴える内容はともかく。


そのまろい頬を白い柔らかな手が涙を拭って撫でていく。

「大丈夫よ。照れてるだけたから。嫌いなわけないわ」
ねえ?そう促す母親に違うとも言えず、黒鋼は困り果てた。

とりあえず
(なんで二人ともうちの母上に泣き付くんだろう)
と思いながら。


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