感染
黒鋼×ファイ
感染
あははふらふらする。とかいきなりほざいた馬鹿を一匹ベッドに放り込んだ黒鋼は、深い溜息をついて氷水に浸かっていたタオルを力いっぱい絞った。
「そんなにー絞るとねータオルがー破れちゃうー」
「馬鹿は黙って寝てろ!」
「あははー怒られたー」
相当熱が高いのだろう、頬が赤く染まっているくせに、鳥肌を立てて時折震えている。ファイは笑顔のまま黒鋼を見上げ、少しも眠ろうという気配を見せなかった。小狼とサクラはモコナをお伴に、見知らぬ場所で見知らぬ町へ買い出しに行っている。最初に看病を申し出たのはサクラだったのだが、移るといけないという丁寧な断り文句と、美味しい物が食べたいというわざとらしい言い訳に乗せられ、ファイの傍には黒鋼しかいなかった。
「だから、寝ろっつってんだろーが、この馬鹿」
「だって、眠くないんだも……ヒャッ!痛いよ黒たん……」
ぴしゃりと叩きつけられるように額に濡れタオルを置かれると、ビクンと一瞬警戒してからおどけて見せる。
「そんなに俺が信用ならねーのか」
「そんなんじゃないよ……ただ、本当に眠くないんだって」
タオルを押さえている黒鋼の手をとって、ファイは自らの頬にヒタリと当てた。
「冷たくて、気持ちいい……」
漸く目を閉じたファイの顔を見ながら、黒鋼はもう片方の手を氷水に浸す。そのうち温くなったとか言いながらもう片方の手を所望するに違いないと分かっていたからだ。
「黒りんが一緒に寝てくれるならー俺も寝るよー」
「寝言は寝て言え」
「ええー!冷たいんだー黒様ったらー……もしかして、変な気分になっちゃうからとかー?」
「寝ろ!即刻寝ろ!」
怒鳴る黒鋼の手を掴んだまま、ファイはその指をぱくりと咥える。アイスキャンディーを頬張るように舐め、熱を擦り付けるように舌を動かす。
「―――ッの野郎……」
「ん、へへ。ふへはひ」
この馬鹿は本当に馬鹿だったと結論付けたと同時に、自分もその馬鹿の一人だと諦めた。黒鋼は氷水に浸けていた濡れた手を拭く事もせずに、ファイの首を持ち上げた。
「ふぁっ、つめたっ……」
咥えていた指を解放したファイの唇は、黒鋼の唇に占領される。激しく、深く、逃げられないように。このまま口付けていたらファイの具合は悪化するだろうか、それとも風の菌が黒鋼に怯えてどこかに逃げるだろうか。いいや、違う。この馬鹿な魔法使いを弱らせる強力な菌だ、黒鋼も感染するに違いない。そうしたら、そのときは―――――
「隣で眠ってやってもいいぜ」
「は、ぁ……な、なに……」
「……保証はしないがな」
「くろ、さま……の……エッチ……」
くつりと笑う余裕もなかったのだろう、ほんの少し微笑んだだけでファイは高熱と酸欠で簡単に意識を失った。
「早く治せ。何もできやしねぇ」
ファイの体調をぶっきらぼうに気遣う事しかできなかった黒鋼は、少しも知らなかった。ファイが、貴重な二人の時間を惜しんで眠らなかった事も、二人の時間を作るために遅すぎる買い物をしている二人と一匹の事も。タオルも手も、もう温くなってしまっているのに、ファイから離れる事ができないのは何故なのかも、黒鋼は知らないふりをしていた。