我輩はにゃんこである。
にゃんにゃんにゃんの日である。

黒鋼×ファイ

「黒様ー歩くの速いよー」
「黙れ」
「ねー転んじゃうよー」
「静かにしねーと、担ぐぞ」
「それはいやですー」
 焦れったいままファイの手を引き、天照まで戻る。物凄い形相だったのか、黒鋼を見慣れているはずの見張りの兵までぎょっとしてたじろいでいる。ずかずかと廊下を歩き、いざ宛がわれた部屋で事に及ぼうとすると、そこには寝転んで激しい運動が出来るような場所は余っていなかった。僧兵たちの仕返しか、朝買い込んだ食材が整理されずに並べられている上、持っている反物を粗末に扱うと後が怖い。いっそ廊下でしてやろうかと黒鋼の眦が釣りあがると、宜しくない気配を感じ取ったのか、知世姫が音も無く現れて、二人の後ろでにっこりと微笑んでいた。
「今日はご馳走ですのね。にゃんにゃんにゃんの日ですもの、まさかファイの意向を無視した行いはしてませんわよね、黒鋼?」
 もはや問いかけではなく確認という脅しに近い知世の言葉に、今度は正真正銘本当の怖気が背を走ったのか、黒鋼はファイの手を掴んだまま後ろを振り返る。
「ファイ、これから黒鋼と、一緒に、お夕飯を作るのですわよね?」
「そうでーす。いっぱい作るから、知世姫も良かったらどーぞー」
「あら、でしたら、お相伴に預かろうかしら」
 黒鋼は何も言えずに苦虫を噛み潰した顔で、ファイを手放そうとだけしない。下手に反抗すれば、今日一日黒鋼かファイのどちらかが、お仕置きとして結界に閉じ込められかねない。それだけは避けたいが、淀みに澱んだ情欲もまた切実なのだ。
「黒様に鯛の塩釜焼き、作ってもらうんですー」
「楽しみにしておりますわ」
 知世が言うだけ言って去って行ったおかげか、昂ぶっていた熱も少々治まったようだ。黒鋼は仕方がないとばかりに、部屋のど真ん中に鎮座している古紙に包んだ鯛を抱えた。
「どこ行くの?」
「どうせここじゃこんなでかい魚調理なんかできねーだろ。これだけ始末してくるから、お前は他の下ごしらえでもしとけ」
「うん……ごめんね」
 ファイのごめんねはどうも意味を図り辛い。生魚をどうにかしてくれることへの謝罪なのか、それとも、我慢させ続けていることに対する謝罪なのか、黒鋼には分からなかった。分かったのは、さっさと飯を食ってさっさと風呂に入れば、拒まれはしないということだけだった。

 美味しいことは美味しいのだ。ファイなりの工夫がわかるものばかりだ。しかしながら、黒鋼の意識は妻の料理を通り越して妻そのものに向かっているため、目の前に並んだ豪華な食事が味気なく映る。
「やっぱり黒様に鯛をお願いして良かったーオレじゃあ目も開けてらんないしー」
「ああ……」
「さっき持ってきてくれたお給仕の人がね、頬のお肉も美味しいですよーって。でね、残った部分もお出汁になるって」
「ああ……」
 むすっとしたままろくな返事を返そうとしない。しかし、ファイは腹を立てることもなく、かえって楽しげに取り留めのない話を続けている。
「包んでもらったお餅は、明日焼いて食べようねー」
「ああ……」
 そういえばそんなものもあったなくらいにしか思い出せない代物だ。黒鋼は生返事のまま、目の前の食べ物を胃に収めていく。部屋の中の油断か、ひょこんと現れている猫の耳に尻尾が嬉しそうに揺らめいているのが、黒鋼にとっては目の毒だ。只管無心を装って、食事が終われば風呂だ、とそれだけを考えていた。
 手拭と着替えを持って湯殿に行き、男女別の湯船にゆっくりと浸かる。天照という組織で住まう屋敷であるがゆえ、混浴というわけにもいかない。もうここまでくると、逆にがっついた気分も落ち着いて、半ばどうでもいいような気持ちにすらなっていた。目の前にファイがいないせいかもしれない。
「くーろさまー」
 せっかく振り払った所で愛妻のくぐもった声が届く。
「なんだ?」
「先にあがってーお酒用意しとくねー」
 からりと戸を引く音がして、ぴしゃりと閉まる。幸か不幸か、男湯に入っていたのは黒鋼一人ではない。上せたような男達が一人、また一人よたよたと湯から上がる。なまじファイの美麗さを知っているせいか、僧兵といえども愛らしい声に反応してしまったようだ。黒鋼はこめかみを引き攣らせながらも、ファイの行為を無駄にしないために、酒を用意する時間を稼ごうと湯船に浸かるしかなかった。

 井戸水で冷やされた純米大吟醸は、火照った身体に心地良い。辛口のそれはいい刺激を与えながら、黒鋼の喉元を滑り落ちていく。ファイも嬉しそうに少しずつ冷酒を嚥下していた。
「美味しいーやっぱりいいよねー」
「この呑み助が」
「黒様に言われたくありませーん」
 夫婦揃って酒好きなのはそれはそれで楽しい。少量なので肴も用意しておらず、瞬く間に酒は二人に飲み干されてしまった。少々飲み足りないものの、これから夜は長いのだと思うとあえて追加を欲するものでもない。
「黒様」
「ああ」
「じっとしててね」
「……ああ」
 するりと服を脱いだファイは、見事な肢体を惜しげもなく黒鋼の目前に晒した。こくりと黒鋼の喉元が唾を飲み下していく。恥ずかしそうに頬を紅に染め、黒鋼の着ているものを剥ぎ取ると、襲い掛かるような体勢ですでに反応している牡を手に取った。
「おっきいね」
 黒鋼の返事も聞かず、ファイはそれを口に含む。ちゅう、と吸い上げる音がして、ちゅる、と粘液を啜る音がする。ただされているのも好かぬと黒鋼の手が細い肩をするりと触ると、硬く脈打つそれに軽く歯が立てられた。
「……おい」
「ん、む、じっとしててって、言ったでしょ」
「お前に任せていたら夜が明けちまうだろ」
「そんなことないよぅ」
 むすりとして顔を上げたファイの口の端からは透明な粘液がどろりと零れ落ちている。それだけでも扇情的だというのをわかっていないのか、拭おうともしない。意地になったように、ファイは黒鋼の肩を押して後ろに倒すと、のそのそと上に跨って太い首筋をぺろりと舐めた。
「くすぐってぇ」
「もー動かないでよー」
 大きな胸元を黒鋼に押し付けるように前のめりになると、男の肌に残った古傷の痕を舌先で辿る。それには、ファイが忘れられない痕も含まれている。
「……もう、痛くないよね」
「ああ」
「……ごめんね」
「何のことか知らんが、そう簡単に謝るんじゃねーよ」
 こくんと頷いたファイは、嬉しそうに黒鋼の首筋に軽く噛み付いた。無意識の猫のじゃれあいなのだろうそれは、肌に傷をつけるには至らなかったが赤い痕として浮き上がる。
「あ、やっちゃった」
 服では隠れない場所に大きく痕をつけてしまったファイは、拙いと思ったのかへにゃっと笑みを浮かべて尻尾をへたりと隠す。耳まで垂れてしまったのを見た黒鋼は、いい機会だとばかりにファイのたわわな胸元を両手で掴んだ。
「ふにゃっ!」
 びくんと身体を震わせて、足の狭間からとろりと何かが零れ落ちる。見なくても分かるそれに気を良くした黒鋼は、手を伸ばして秘部をするりと掠め触った。
「あぁ、だ、だめ……」
「だったら自分でここ、広げろよ」
「いや……」
「駄目だの嫌だのつべこべ言いやがって。じれったいんだよ」
 ずっとお預け喰らった身としては、これ以上は耐えられないのだろうか、少し焦気味にファイの中を指で蹂躙する。くちゅくちゅと掻き混ぜるたびにそこからは白蜜が零れ落ちて、黒鋼の屹立したものを濡らしていく。すると、今度はファイの癇に障ったのか、腰を引いて黒鋼の指を引き抜くと、濡れて上向いた牡茎に秘部を押し当てる。ぐちゅぐちゅの部位でずるりと擦りあげると、黒鋼の顔が僅かに歪む。荒い息を吐きながら、ファイはゆっくりと腰を上げるとへにゃんと笑って擦りあげていたものを手に取った。
「ん、は、ぅ……」
 腰を下ろしながら黒鋼のものを胎内に含む。震える手が黒鋼の腹に置かれ自身を支えていたようだったが、黒鋼の手がそれを取っ払い、体勢を崩したファイは一気に奥まで固くそそり立ったものを受け入れた。
「ひっ、ああああああっ……あ、あ……」
 内股を震わせるファイは今の衝撃で達してしまったらしく、力無くふらふらと上体が傾いているくせに内部だけはきゅうきゅうと締め上げている。くっと喉で笑った黒鋼は、ファイの腰を支えて突き上げようとしたが、それより先に細い腰が自ら揺らめいた。
「ん、ぅう……黒、様は動いちゃ、駄目……」
「……拘るな」
「だって、オレの日、だもん……ん、ぁ……今日、は、オレの好きに、するの……」
 ファイは妖艶に微笑むと、黒鋼の腹に手を置いて身体を持ち上げ、そして落とす。ぐっと締めた内壁が黒鋼を昂ぶらせ、ずるりと蠢く接合部が二人共を高みに追いやる。しかし、次第に身体に力が入らなくなってきたのか、ファイの動きが緩慢になる。快楽に蝕まれてどうしようもないのか、ファイは泣きそうな顔で黒鋼に訴えた。
「もう限界か?」
「ん……ああ、も、動けないよぅ……」
 ぽたりと涙を溢したファイを見て、黒鋼は気分良さそうに細腰をもう一度がっちりと掴んだ。容赦はしないとばかりに薄く笑むと、ファイの身体を突き上げた。
「あああっ、あ……あ、あ、あ……」
 自分で動いていたときとは比べ物にならない激しい突き上げに、ファイはがくがくと揺さぶられながら感じ入っていた。逃げることも叶わず啼き続け、目の前が真っ白くぼやけていくような感覚に陥る。
「く、ろさ……き、うしな、っあ、あああぅ……」
「もう少し、我慢しろ……」
「む、りぃ……」
 揺さぶるたびに揺れる大きな乳房に目を奪われ、赤く染まった白い肌を汚したくて、黒鋼はボロボロと涙を流すファイを更に引き寄せ苛んだ。熱くて狭い内部が黒鋼を追いつめ、固く脈打つ物がファイを追いつめる。泣き叫ぶファイの声が悲鳴に近くなり、一際奥を突いたところで華奢な身体が仰け反った。
「ああ、あぁああっ……あ、あはぁ……」
 低く呻いた黒鋼もファイの絶頂につられるように中に欲望の滾りを叩きつけ、余すことなく注ぎ込み、くたりと倒れてきた柔らかい身体を抱きしめた。まだ繋がったまま乱れた息を整え、かたかたと震えるファイの背を撫でる。
「し、んじゃ……うかと、思った……」
「……これぐらいでくたばるなよ」
「だって、すご、かった……」
 まだ震え続けるファイの身体を少しずらし、黒鋼の楔をずるりと引き抜く。中に留まっていた愛液やら白濁やらが、どろどろと垂れ落ちて互いの足を汚していった。
「くろ、さま……」
「なんだ?」
「ごめ……もう、ねむ……」
 全てを言い終わる前に、意識を無くしたファイは黒鋼に圧し掛かったままぴくりとも動かなくなった。ファイを起こさないように、そろりと上体を起こした黒鋼は、軽い身体を抱き上げ寝床へと運ぶ。汚した箇所をそのままに、汚れた身体で滑りこんだ布団、明日になれば確実にファイは怒るだろうと思ったが、そのときはそのときだと考えることを放棄し、眠る身体の隣に横たわって目を閉じた。

 ファイは怒らなかった。恥ずかしそうにふにゃりと笑い、尻尾をひらひらと動かしながら、あーあと軽く溜息をついただけだった。天照の女中に持ってこさせた湯に手拭をつけて、固く絞ってファイの身体を拭いてやる。自分でやると暴れていたが、軽く口付けると俄かに大人しくなった。
「猫の日とやらは終わったからな。今日は俺の好きにするぞ」
「んーお手柔らかにねー」
 可愛いことを言う猫を、朝っぱらから襲ってやろうかと手を伸ばしかけた所で、廊下から衣擦れの音がした。
「おはようございます、黒鋼、ファイ。昨日のお食事、大変美味しく戴きましたわ」
「おはようございますー知世姫。お口に合ってよかったです」
「しかしながら、褥以外で事に及ぶのはいけませんわね。今日は二人できちんとお掃除なさいませ」
「……はーい」
 しずしずと去っていく気配を感じながら、ファイは黒鋼と顔を見合わせ、そして天井を見て、もう一度目を合わせて苦笑いを浮かべる。
「見られちゃった」
「……いっそ目張りするか、天井」
「んー……なんか点々と赤い染みがあるしねー」
「野郎共……一回締め上げてやる……」
「お手柔らかにねー」
 あっけらかんと笑うファイの身体を布団の上に引き倒し、圧し掛かる黒鋼の目は朝っぱらから本気だ。
「知世姫に怒られちゃうよぅ」
「知るか」
「お腹空いたよーねー御餅焼こうよー」
「黙ってろ」
 簡単に塞がれた口からは、甘い喘ぎしか聞こえてこなくなった。新たに天井に染み付いた赤は、監視の忍びの鼻から垂れたものに違いない。

猫が懐妊したと知るのは、もう少し後の事。


2008年3月掲載書き下ろし