金貸しの詩

黒鋼×ファイ




金貸しの詩 1


 ああ面倒臭いと思っても、帰れば鬼で悪魔のどうしようもないのがいる。というよりこれが仕事でこれが食い扶持なのだから、するより他にないのだが、面倒で面倒で億劫なのだ。
「畜生……」
 強面と無学な己が出来る仕事など限られているし、意外なくらいに高給なためどうもずるずると辞められずにいる。それよりかは辞めるという選択肢がないと言ったほうが正しい。父母が事故で亡くなった際、引き取られた親戚の家の少女が実は今の職場の上司だったりする。今をして思えば、幼い頃から資産運用だの経営指南だのといった本を読み、経済新聞を愛読している時点でかなりおかしいことに気付くべきだったと思う。
 拙いことをつらつら考えながら歩いていると、気がつけば目的地に辿り着いている。所謂金の回収を行う仕事はどんな奴でも面倒に違いない。無い所からは取れないのに、無い所から獲って帰らねばならないからだ。全身を黒に染めたようなスーツに、黒のグラサンで自分がどういった職種に見られているかくらいはよく分かる。だが、一応、正規の金利を守っているはずの金融業である。ア○ムとか武富○とかが全国版なら、そのローカル版金貸し、所謂町金業の回収を行うのが仕事だ。といっても、株式上場を狙っている時点で、もう手に負えない。
「……ギャンブルで身を滅ぼした男の義理の娘?まだ高校生じゃねーか。金なんか獲れっかよ……」
 悪魔の微笑で手渡された資料におざなりに目を通し、というよりここに着くまで読んでもいなかったのだが、古ぼけた洋館を見やる。まずこの持ち家を売れよとも思うが、どうもお化け屋敷との定評があり、買い手はつかなかったそうだ。この馬鹿でかい屋敷を見てもわかるように、元々はそれなりの財産を有していたようだが、あのバブルでスッったらしい。そこからは競馬に競輪にパチンコに違法賭博に数限りなく、もはやしていない賭け事を列挙する方が難しいほどに手を伸ばして借金を作り上げたようだ。それを、養女が引き継ぐことになるらしい。
「まだ葬式から二日しか経ってねーのか」
 そんなときに押しかけて申し訳ない等と一般常識があればこんな仕事には就いていない。呼び鈴を無視してガンガンと扉を蹴り上げる。ポケットから手を出すのが面倒だっただけだ。
「おい、フローライト!ファイ・フローライト!いねーのか!」
 養父が亡くなってから学校に行っていないことは確かめてある。というより、ここに押しかける業者はうち一社ではないことは明らかなため、家からは出るに出れないはずだ。そういう意味では、正直救済の意味もあるかもしれない。自分も容赦がないことは自覚しているが、サラ金よりはまだマシだと心得ている。
「コラァ!窓割って入るぞ!」
 返事がない場合は強行突入も心得ている。ゴッとドアノブを一蹴り、中に入って土足でずかずか歩いていくと、殆どの部屋はすっからかんで人の住んでいた気配がしない。だが、奥の部屋だけは生活感が漏れている。そのドアを再び蹴る。
「いるんだろーが!」
 七面倒臭ぇとまた足をドアノブまで振り上げたとき、カチャリと鍵を開ける音がして、養女の姿が見えた。ふわりと広がるプリーツスカートに、しっかり結ばれた胸元のリボン、そしてよく見かけるセーラー服。しかし、その上は街中などでは拝めないほどの顔だった。肩にかかる金の髪の毛に澄んだ青い瞳、化粧っ気のない白い肌は何もしなくても白粉をはたいているようだ。そして、柔らかそうな桃色の唇が開き、弱々しい声が聞こえた。
「……お金なんか、ないよぅ……」
 だったらテメェが働いて返せとお決まりの言葉が出てこない。
「……ファイ・フローライト、か?」
「そうだよ……」
 よくよく見ると、震える足はすらりと長く、真っ白なハイソックスがその形のいい足にぴったりと貼り付いている。腰はコルセットで締めているかのように細く、そのくせ震えた両手が押さえる胸元は釦が可哀相なくらいに大きい。ごくりと飲み込んだ唾が、まるでビー玉でも飲み込んだかのように妙な感じで喉元を落ちていく。
「相続放棄するから、帰って……この家も、出て行くから……」
「借りたまんまでばっくれる気かよ」
「だって、オレの借金じゃないもん……」
 しゃべっていると彼女のテンポに妙に苛立つ。その上、耳に心地良い声に気がつけば興奮している自分がいる。
「殆どはテメェの親のだがな、一つだけだな、俺のところで借りた金だけお前名義になってんだよ」
「嘘!」
「嘘じゃねーよ」
「お、おいくら……?」
「三百万」
 黙りこんだファイは、へなへなとその場に座り込む。所謂アヒル座りという奴は、スカートが捲れて白い足が更に晒されて、男が妙な気分にさせられるアレだ。
「酷いよ……アシュラお義父さん……放棄すればいいって、言ってたのに……」
「死んだ奴を恨んでも金は出てこねーよ」
 座り込んだファイを見下ろすと、胸元が見えすぎる。そこから覗くピンク色のレースは彼女の下着だろうか。これだけの上玉ならば身体売ってこいと言えば一ヶ月ほどで解決する話なのに、どうしてもその言葉が出てこない。柄にもなく悩んでいると、唐突に玄関先から騒々しい物音が聞こえてきた。
「オラァ!いるんだろー娘さんよぉ」
「今日こそ金返してもらうぜー」
「出来なきゃ身体で返してもいいんだぜー」
 下品な笑い声が聞こえる。あれは勝手にうちを目の仇にしているローカルサラ金の下種野郎共だ。自分もいつもならば同じことを口にしていただろう。しかし、目の前に座り込む女子高生がファイでなければだ。触れるのも躊躇われるような美に対して、言ってはいけないことを奴等は口にしている。
「……ッ野郎……邪魔なん……」
「それに触らないで!それは、ユゥイの!」
 先に奴らを畳んでやろうかと思ったとき、妹の形見なのだと叫んだファイが猛然と立ち上がり、二階から階段を使わずに手摺から跳んだ。小さなお尻にはピンクのレース、ど真ん中に不思議な生き物がプリントされていた。
「おい、てめ……」
見事にローファーで階下に降り立ち、壁に貼ってある羽飾りに触れる男の腕を蹴り上げ、肘を鳩尾に綺麗に嵌めた。呻き声を後ろに、次の男に向き直ると今度はカモシカの様な足で回し蹴りを顎下に決める。そして最後の男を、といったところでファイの腕がピッと一文字に切られた。
「ツッ!」
「このアマが調子に乗るんじゃねーよ!」
 そうして切りかかろうとしたところに、ファイと同じように二階から飛び降りた、黒いスーツから伸びる、自慢じゃないが長い足が引っかかった。自慢じゃないが長くてすまん。
「調子に乗ってんのはテメェだろーが」
 蹴り上げて吹っ飛ばした不細工面は刃物を手放して向こう側の壁でおねんねした。ボスのお気に入りで新米の小狼と、最近組み手をしていないからちょっと鈍っているようだ。跳び方がイマイチ。三回転半捻りは欲しい所だ。
 ファイはぽかんとした顔で見上げてくる。今は気が抜けているが、先ほどの強さはもしかしたら小狼以上かもしれない。どうせ面倒事なのだ、更に面倒にしてしまえとニヤリと笑ってこう言った。
「おい、お前が俺に勝ったら、借金チャラにしてやっていいぜ」
「……本当?」
 本気を見せるためにサングラスを外して胸元に仕舞いこんだ。身体を横向きにして構え、型を取ってくいっと手招きするようにして誘う。
「おお、かかってこい」
 少し躊躇っていたようだが、キュッと唇を噛んで、板張りの床がギッと音を立てた次の瞬間に鋭い蹴りが襲い掛かってきた。それを難なく受け流して、風を切るような右ストレートを受け止める。捕まえた腕を引き寄せると、その勢いを利用し、体勢を変えて背負い投げようとしてくるのを、手を離して避ける。間髪いれずに体勢を低くして足払いをかけようとするのを避け、起き上がろうとするところに手を伸ばすと、床に手を付いて鋭い蹴りを顔目掛けて繰り出してきた。
「チッ」
 床を蹴って後ろに下がり、立ち上がったファイに左で殴りかかろうとする。横に避けようとするファイに、殴りかかると同時に片方脱いでおいたスーツの上着を絡め、無事に捕まえ終了した。
「……最後の、左の攻撃は、フェイク……」
「当たりだ。ちょっとせこいが、こうしねーと怪我、させそうだったんでな」
 息が上がり、心地良い高揚感を覚える。卑怯な手に絡めとられたのをすぐに理解してみせるとは只者ではない。
「お前、何で……そんなに、戦えるんだ?」
「……自衛しないと、危ない、からって……お母さんが、生きてる、ときに、教えてもらった……」
 スレンダーな身体の癖に、妙に柔らかい。しかし、少し指先がぬるついた。赤い血。
「怪我してんじゃねーか!」
「あ……忘れてたぁ……」
「忘れてたーじゃねーよ馬鹿!」
 唾が散るくらい怒鳴り、ファイを片手で抱えて階段を三段飛ばしに駆け上がる。先ほどファイが篭っていた部屋に入ると、机の上にあった救急箱をがしっと引っつかんで両方ともベッドに投げる。
「いったぁい!もっと丁寧に下ろしてよー」
「五月蝿ぇ!俺に丁寧さなんか求めんな!」
 傷のことで我を忘れ、セーラー服を引き千切らん勢いで服を脱がすと、脱脂綿で傷周りの血を拭き取り、消毒液をガーゼに染みこませて横に切れた切れ目に押し当てる。
「ひゃぁあ沁みる痛いいたたた」
「やかましい!」
 傷口を覆い隠すように包帯を巻き、キュッと結ぶ。
「いたいよーそんなに固く結んだら解けないよー」
「やかましい!」
 ふぅ、と息をついて目の前を見ると、とんでもなく柔らかそうな大きな胸がピンクの薄布に遮られ、涙目で腕を見ながら幼子のようにいたいようと呟く、エロさ満点の女が無防備なまま座っている。よく、あの鬼で悪魔なボスに「感情で動くのはやめなさい」と言われていたが、もはやその忠告は遅すぎる。ヤバイと思って開き直ろうか今更ながら部屋を出て行こうかと、ファイの叫び声をやり過ごす気で目を瞑るが、一向に彼女が叫ぶような様子はない。そろりと目を開けてちらりと見ると、自分の下着姿をファイ自身が自覚してもいないのか、いそいそと散らかした救急箱を片付けていたりした。
「……おい」
「はにゃ?」
「はにゃじゃねーよ。お前、今どういう状況下わかってんのか?」
「……お金は無いよ」
「そうじゃねーよ!」
 仕舞いにゃぶち切れるぞと思いながら、正直今ぶち切れていることは自覚していない。
「そ、その、悪かったよ、服……」
「切られちゃったし、血だらけだったし、もう、学校には行けそうにないから、別にいいよ」
「そうじゃねーって……」
 もしかして男として意識されていないのか、彼女自身が自分を女として意識していないのか。それよりも、この細い身体に秘めた強さで、こんな状況に陥ったことが無いことからくる無防備さだろうか。無知とは罪だと思いながら、肩を押して後ろに倒す。
「ふえ?」
 上に圧し掛かってみても、なんら動揺が見られない。否、それはない。白い足が、細かく震えている。
「嫌なら、抵抗しろよ。名前も知らねー奴に犯されてーのか?」
「……なんて、名前なの?」
「……黒鋼」
「黒鋼さん……黒りん!」
「なんだそりゃぁぁぁ!」
 本日一番の絶叫だろうか、というか、絶叫するのがどうして金貸しのこっちなのだろうかと思わないでもない。
「じゃあ、黒様」
「変わりねぇええェえ!」
「違うよーちゃんと名前もわかったし、それに、さっき助けてくれたし、手当もしてくれたし」
「だからだな!」
 こっちが焦れば焦るほど、ファイはにっこりと笑って動じない。足も指も震えているくせに、微笑み続けるのだ。
「怖がれよ。怖いんだろ?」
「いいよ。どうせ、こういうことしなきゃお金返すなんて出来ないんだもん。どうせなら、最初はかっこいい人と、したいよぅ……」
 消え入りそうな声が痛々しい。なんて言っていいか、語彙力が少ない自分ではどう表現していいか判らない。気がつけば、柔らかそうだと思った唇は柔らかいと理解した。漏れた吐息は脳を蕩かす気かと怒鳴りたいほどだった。
「俺が買ってやる」
「おいくら?」
「三百万とこれからの生活、俺が全部保障してやるから、フローライトの名前を捨てろ」
「高くない?」
「これでも格安だろ。お前の値段がそんなわけねーだろ」
 そっかぁ高いんだぁオレ、とのたまう自分を知らないファイの唇は、何故だか酷く苛立つので塞いでやった。それに、一回で済ますわけがないだろうと思ったが、訊かれなかったので言わなかった。


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2007年11月ブログ掲載、2008年1月再録予定